尊徳書状(岩原村与七の雇い入れについて)
詳細情報
- 資料ID
- 7369
- 更新日
- 2025/01/29
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 1-1
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 文政8年(1825)5月9日
- 形態
- 巻子
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 165×851
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 文政8年(1825)5月9日、栢山村の二宮太兵衛宛の直筆照会状。太兵衛は吉五郎の父にあたる。
照会の内容は次のとおりである。太兵衛の親類、岩原村(南足柄市)の与七が、三竹山村(同)から女房(にょうぼう)を迎え入れるため、田畑1町8反余を売り払ったが、そのために生活が苦しくなり、遠く桜町陣屋(じんや)に赴いて、人足として雇い入れてもらいたい、と尊徳に懇願した。尊徳は、本人の希望をうけ入れるべきか、戻すべきか、判断に迷い、親類の太兵衛を通して、村もとの意向を確かめようとしたのである。
このようなケースは、とくに天保7年(1836)に飢饉(ききん)が深刻化して以降増加し、足柄(あしがら)地方からも、家族に無断で、人足(にんそく)稼ぎのため、桜町を訪ねてくる若者が多く、尊徳を悩ましている。