尊徳書状(栢山村の五常講について)
詳細情報
- 資料ID
- 7372
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 1-4
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 文政7年(1824)閏8月4日
- 形態
- 巻子
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 158×1675
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 文政7年(1824)閏(うるう)8月4日、二宮吉五郎宛の直筆(じきひつ)書状。
本文は、尊徳一家が前年3月、栢山村から下野桜町(しもつけさくらまち)(栃木県真岡市)に引き移ったとき、押切(おしきり)村(小田原市)まで見送ってくれた村びとの名前を記すとともに、栢山村五常講(ごじょうこう)の決算報告書を同時に送ってくれたことに礼を述べ、五常講の今後の運用について指示を与えたものである。
二伸は、7月・8月の酒匂(さかわ)川の水害について、村内、ことに名主(なぬし)の二宮七左衛門や岡部伊助の安否(あんぴ)をたずねたものである。
五常講は、尊徳の独創にもとづく人間相互の信頼を軸に無利息貸付を行うしくみで、これによって文政3年より小田原藩の下級藩士の救済が行われていた。
この書状により、栢山村にも五常講がつくられて、農民への貸付が行われていたことが知られる。