尊徳書状(先祖代々・両親の永代供養依頼)
詳細情報
- 資料ID
- 7374
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 1-6
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 天保11年(1840)12月19日
- 形態
- 巻子
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 148×1350
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 天保11年(1840)12月19日、栢山村善栄寺宛の書状(『復刻版 二宮尊徳全集』第6巻─795~796ページ)
善栄寺は、二宮家の菩提寺(ぼだいじ)である。
この書状の内容は、没落した二宮総本家(伊右衛門家)の再興については、かねてより善種積立(ぜんしゅつみたて)の仕法を講じ、かなりの金ができた(文化2年以来、本家売り残りの稲荷社地の藪の竹木売却代をはじめ、尊徳および一族有志の浄財を積み立て、利回しして、同6年には133両余となっていた)が、桜町仕法着手の際、その全部を仕法の土台金(どだいきん)として組み入れた、以来10余年、桜町は完全に復興し、小田原藩領その他各地の仕法もすすんで、多くの難村(なんそん)を救うことができたのは、みな先祖のおかげと思っている、ここで総本家再興費を差し出してもよいが、親類とも協議しなくてはならないから、ここでは、まず先祖代々と両親の菩提のために50両を寄付する、どうかその利子をもって永代供養(えいたいくよう)をお願いしたい、となっている。
なお、二宮総本家の復興は、各地での復興事業や尊徳の幕臣登用(ばくしんとうよう)などのために遅れ、完了したのは安政元年(1854)のことであった。