尊徳書状(下新田小八家の仕法について)
詳細情報
- 資料ID
- 7378
- 更新日
- 2025/01/29
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 1-10
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 弘化元年(1844)6月27日
- 形態
- 状
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 160×963
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 弘化元年(1844)6月27日、江戸にあった尊徳から下新田(しもしんでん)村(小田原市)の名主(なぬし)早野小八に宛てた書状(『復刻版 二宮尊徳全集』第7巻―281~282)。
この内容は、(1)この春、小八夫妻の来訪で一家仕法の詳しい様子が分かり何よりである、(2)その節、仕法帳を書いて渡したところ、早々親類世話人が調印して、老父が持参されたのでたしかにうけ取った、(3)貴家の立て直し仕法は、他の仕法の手本となるようけっして手戻りないようはげんでほしい、というものである。
小八家は、下新田村の村高の四割を所有する抜群の資産家であったが、天保年間(1830~43)から負債・天災が重なって家運が大きく傾いた。そのため尊徳の指導のもとに一家立て直し仕法が行われていった。右の文中に、仕法帳が尊徳から渡されたとあるが、これは「天保十四年十二月 田畑取穀並暮方米金出入取調帳 下新田小八」(『復刻版 二宮尊徳全集』第17巻―1082~1085ページ)をさすのであろう。この一家の仕法は、その後いろいろの曲折をへて嘉永年間(1848~53)におよんでいる。