facebook X instagram Line

尊徳書状(藩主大久保忠真諭告ほか)

詳細情報

資料ID
7382
更新日
2025/01/22
大分類
歴史
資料番号
1-14
時代・年代・製作年月日・推定年代
文政2年(1819)12月
形態
巻子
材質
員数
1
寸法(cm・mm)
300×13723
担当所管
生涯学習課
収蔵施設
尊徳記念館
解説
文政2年(1819)12月、栢山(かやま)村の二宮吉五郎に宛てた長文の書状で、筆者は小田原藩中の篠崎伴蔵(『復刻版 二宮尊徳全集』第14巻─291ページ・628ページ参照)。 この内容は、(1)文政元年11月、当時の小田原藩主大久保忠真が領中に申し渡した六か条の諭告(ゆこく)、(2)尊徳ら領内の孝子・出精奇特人(しゅっしょうきとくにん)への表彰文、(3)藩当局による諭告六か条の解説、(4)文政2年、御殿場(ごてんば)地方の北久原(ほっくばら)(静岡県御殿場市)が、「殿様講」にかかげる軸物を家老(かろう)吉野図書を通じて懇望したので、忠真の自製「田ノ美ナルハ力耕ニ因(よ)リ、民ノ殷(さかん)ナルハ守分ニ在リ」を与えたところ、村人たちがこれにそなえた焼米を献じたことを賞した文、とつづき、最後にこれらのことを朝夕心がけるよう吉五郎に諭(さと)したものである。 尊徳はこのころ、吉五郎をはじめ二宮一族中の農業出精の青年に、しばしば二宮総本家(そうほんけ)復興基金のなかから、100文・200文の褒美(ほうび)を与えている。この書状は、同じ基金から紙代・筆写代が支出された同文14通のうち、もっともよく保存されたものである。 なお、小田原市尊徳記念館では、文政3年3月付の同様の書状を収蔵している。宛所(あてどころ)を欠いているが、伯父万兵衛家に伝来したものである。
TOP