二宮尊行書状(母なみの死去と日光神領仕法の現状について)
詳細情報
- 資料ID
- 7386
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 1-18
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 明治4年(1871)7月4日
- 形態
- 巻子
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 162×1224
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 明治4年(1871)7月4日、相馬中村藩領の石神村(福島県南相馬市)にあった二宮尊行から二宮三郎左衛門宛の自筆書状。 前文では、尊行の母なみが7月1日申(さる)の中刻(午後4時)に死去(67歳)したことを通知し、後文では、「辰年大事件」(明治元年の戊辰戦争)以後、日光神領仕法は見通し困難となり、尊行自身も病気がちであるため、今市の役所には門人2、3人を派遣して開拓事業の残務を任せ、自分は相馬中村藩の好意で石神村に居を構えている、と述べている なお、この書状の直後に廃藩置県(はいはんちけん)が行われた。尊行は、この年12月1日、母を追うように51歳で没した。