(1)二宮尊行書状(2)二宮尊親書状
詳細情報
- 資料ID
- 7388
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 1-20
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- (1)文久元年(1861)8月25日(2)明治13年(1880)11月9日
- 形態
- 状→巻子
- 材質
- 紙
- 員数
- 2
- 寸法(cm・mm)
- 161×1512
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- (1)は、文久元年(1861)8月25日、今市の尊徳の嫡子尊行から栢山村の叔父二宮三郎左衛門宛の自筆書状。尊行が御普請役から御普請役元締(もとじめ)格に昇進し、役禄として50俵3人扶持(3人扶持は13.5俵)を給与されたこと、ならびに女子(長女とく)の出産のことを伝えたものである。
(2)は明治13年(1880)11月9日、相馬にある尊徳の孫尊親(金之丞・金一郎)から栢山村二宮三郎左衛門宛の自筆書状。
この内容は、11月1日、富田高慶(尊徳の高弟、相馬仕法推進者、『報徳記』著者)が多年開墾増殖(かいこんぞうしょく)につとめ旧相馬中村藩の衰微回復につくしたとして、太政管(だじょうかん)より正七位(しょうしちい)に叙せられ、宮内省(くないしょう)より金50円を賜わったこと、ならびに、尊親に対しても、尊徳・尊行・尊親の3代にわたる功績を賞され金100円を下賜されたことを披露し、ついで尊親は、宮内省より 下賜の100円を、相馬地方開発のための「興復社」(社長富田高慶、副社長二宮尊親)の資本金に入れ、国土人民の利益となるよう取り計らうと述べたものである。尊親、ときに25歳であった。