五常講(作別反別書上)
詳細情報
- 資料ID
- 7393
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 1-25
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 天保2年(1831)11月
- 形態
- 竪帳
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 328×232
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 表紙に「五常講 天保二辛卯年(1831)十一月十日 二宮金次郎」、奥書の宛所に「相模(さがみ)国足柄上(あしがらかみ)郡栢山村 仁能美家 御主人」とある。
五常講とは、尊徳が、仁・義・礼・智・信の人倫五常の精神を取り入れて創案した互助(ごじょ)組織である。小田原藩の家老(かろう)服部(はっとり)家に若党(わかとう)として奉公していた文化11年(1814)、同家使用人を中心にこころみられ、後年小田原藩士たちの間にもひろげられた。現在の信用組合と同じような制度といえ、のちの報徳(ほうとく)結社のもとともなっている。
尊徳は、桜町への移転に際して所有田畑を処分したが、売れ残った分の管理は、弟の三郎左衛門に任せている。それは、天保二年一一月の時点で、田畑屋敷地合計1町8反5畝5歩(1,855ヘクタール)となっていた。
そこで尊徳は、(1)近年たびたびの洪水により、村民の困窮がはなはだしいので、この田畑を、年貢諸掛りは尊徳が負担し、くじ引で一人3反歩(0.3ヘクタール)内外を一年間作り取らせる、(2)そして収益を手もとの足しとし、生活向上に努力させる、(3)なお用水路の工事等のため、年々人足(にんそく)3人づつ助け合うこととする、との趣旨でくじ引きをさせた。本資料は、天保3、4年分のくじ当選者およびこれに下される田畑筆別の明細を記したものである。
農村向け五常講の一例であり、後年の小田原仕法(しほう)で特徴的な「報徳田作り取り方式」に似たかたちであることが注目される。