御金銭貸附書出帳(二宮金次郎)
詳細情報
- 資料ID
- 7398
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 2-2
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 文政7年(1824)1月
- 形態
- 横帳
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 120×342
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 尊徳は、桜町へ赴任(ふにん)するにあたって、田畑をできるだけ処分し、家財道具も売り払ったほか、貸借関係も決済しようとしたが、なお貸付金26両余が残った。そこで文政7年(1824)正月、実弟三郎左衛門に貸付金の整理を依頼したのがこの貸出帳で、尊徳の自筆である(『復刻版 二宮尊徳全集』第14巻―999~1,000ページ)。
これには、22口26両3分余の貸付明細書のあと、
右のとおり貸し付けおき候間、きっと返済これあるべきはずのことに候えども、取り立ての儀は、然るべきようなし下さるべく候、その源は、余りあるによって貸し付け候えばなり、不足いたすによってもと借用いたすことなり、しかれば、よくよく時を計らい、借用あい増さざるよう、義理を失せざるがためにお取り立て下さるべく候、右次第、一々御篤(得)心なされ候て、万事御頼み申し上げ候、
と記してある。
この大意は、貸借関係の成立は、貸方に余裕があり借方は不足を生じたためであるから、無理な督促をさけるように、ということである。これは、後年の尊徳の一円観(いちえんかん)に通じるものである。
なお、これにつづいて「田方預米控」がある。これは処分しきれなかった田地1町2反歩余の管理を三郎左衛門ほか2名に託しておいたので、その産米およそ33俵について、年貢米(ねんぐまい)等を差し引き、いくら残米があるかの報告を求めたもののようである。