相州足柄下郡曽我別所村太兵衛式家株再興仕法土台金取調差引帳
詳細情報
- 資料ID
- 7402
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 2-6
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 天保11年~嘉永6年
- 形態
- 横帳
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 235×328
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- これは尊徳が、嘉永6年(1853)5月、母の実家の川久保太兵衛家の一家相続がととのったとして、その仕法土台金の決済を、小田原藩大勘定奉行(だいかんじょうぶぎょう)鵜沢(うざわ)作右衛門、郡(こおり)奉行山崎金五右衛門へ報告したものである(『復刻版 二宮尊徳全集』第8巻―1,003~1,008ページ)。
嘉永5年、小田原藩は報徳仕法の残務継続中の村むらに最終決済を申し渡したため、川久保家の仕法も指導を継続できなくなった。
川久保家に天保11年(1840)貸し付けられた報徳金100両は、利回しにより嘉永4年末で333両余となっていた。この一部は、太兵衛家仕法世話人への謝礼、越後(えちご)の亀蔵・羽根尾(はねお)村(小田原市)半四郎への再興資金貸付に当て、報徳金元金には同額の礼金を添えて藩へ返納することとし、同時に残金77両を相続人民次郎に与えることにしたのである。
この決済によって民次郎は、田畑・屋敷地合計1町2反7畝を確保し、川久保太兵衛家の仕法は完了することとなったが、かねて尊徳が念願していた曽我別所村再興仕法は断念せざるを得なかった。