尊徳報徳金手形写
詳細情報
- 資料ID
- 7403
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 2-7
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 弘化2年(1845)11月
- 形態
- 切紙
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 380×449
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 弘化2年(1845)11月、尊徳が小田原藩報徳役所に対して、仕法中の曽比(そび)村(小田原市)へ300両の交付を求めた手形(覚書)の写しである(『復刻版 二宮尊徳全集』第7巻─526ページ)。
足柄地方で極難(ごくなん)の村であった曽比村は、天保9年(1838)以来(公式には同11年から)、尊徳の復興仕法をうけるが、800両の無利息金の貸付、富農層からの報徳田の提供、中・貧農層の出精による報徳加入金などによって、復興は順調に進んでいった。
弘化2年、尊徳はこれを賞して、藩主からの頂戴金に報徳金を加えた300両を曽比村に与え、領内の模範としようとしたのである。
曽比村は、この300両を得て、他村から8町8反の田畑を買い入れ、村の永続仕法のもととした。こうして曽比村は、翌3年末には借財をことごとく返済し、荒地改良、住居の新築などが行われて、村況を一新した。