極密々御内意歎願書下案(曽比村広吉)
詳細情報
- 資料ID
- 7409
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 2-13
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 文久2年(1862)
- 形態
- 竪帳
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 286×205
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 「難村御取直し嘆願書下案」の添付書類である。
まず嘉永3年(1850)、曽比村小前(こまえ)(平農民)による仕法つぶし以降、広吉・与右衛門兄弟に対して農民側が「庚申(こうしん)」「ガンマク」と称する強悪人を使った無法な田地の請け戻し、酒小売株の譲渡強要などにおよんだことを委細に述べ、安政5年(1858)のコレラ流行による兄与右衛門夫妻の死、また妻の病死のなかで、麦作売払代金を基金とした奉加勧進(ほうがかんじん)帳(村永続仕法帳)による村民救恤(きゅうじゅつ)への努力、また前名主庄左衛門の没落事情などを詳述している。
文久2年(1862)11月、名主広吉は、小前農民から「名主横暴不法」として訴えられている。おそらく広吉は、この小前の不穏な空気を事前に察知して、「難村御取直し嘆願書」とこの「極密々御内意嘆願書」を用意し、地方役所へ提出しようとしたものと思われる。