脇差免状(曽比村与右衛門)
詳細情報
- 資料ID
- 7410
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 2-14
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 慶応3年(1867)9月16日
- 形態
- 続紙
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 364×1258
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 慶応3年(1867)、小田原藩から曽比村組頭剱持与右衛門に対して、名主格申し付けと脇差を許す申渡書である。
文面によれば、卯(う)年(安政2年〔1855〕)以来の酒匂(さかわ)川の大洪水で荒地となった田畑を小前とともに開発して、年貢も増したうえ、酒匂川堤防普請もよく行ったことを奇特(きとく)なこととして、名主格に上げ、脇差を着用することを許し、真岡木綿(もめん)三反を与えるとなっている。
この与右衛門は、弟広吉とともに曽比村報徳仕法を推進した先代与右衛門の子である。先代与右衛門は、安政5年にコレラのため病死している。
なお、この文面から、文久2年(1862)の村方騒動(むらかたそうどう)後は曽比村の人気も立ち直っていることが想像される。