版本 大学
詳細情報
- 資料ID
- 7429
- 更新日
- 2025/01/22
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 3-1
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- 元禄9年(1696)
- 形態
- 竪帳
- 材質
- 紙
- 員数
- 1
- 寸法(cm・mm)
- 251×173
- 担当所管
- 生涯学習課
- 収蔵施設
- 尊徳記念館
- 解説
- 尊徳が幼時に使用したと伝えられる遺品で、実弟三郎左衛門家に伝来したものである。
『大学』は、『中庸(ちゅうよう)』『論語(ろんご)』『孟子(もうし)』とともに「四書(ししょ)」のひとつとして尊ばれ、江戸時代の知識人にひろく読まれた。表紙に「道春点」とあり、漢文を国語調で読ませるため、林羅山(徳川家康に仕えた儒者)が訓点(くんてん)をほどこした本であることがわかる。
尊徳は、少年時代から『大学』を懐(ふところ)からはなさなかったといわれる。たしかに本文中には朱書の片仮名で音訓や意味を記入したところが見出される。たとえば「文理」を「スジメ」、「頗」を「ヨッポド」などである。
しかし尊徳が、『大学』をはじめとする漢籍研究に打ち込んだのは、かれが遺した日記から推測して25歳から30歳ころと思われる。この間「四書五経(ごきょう)」の自習書『経典余師』を大金を投じて買っており、家老(かろう)服部(はっとり)家に住みこみ中、若殿の供をして漢学塾に通い、ここで藩儒宇野権之助(西海)に認められ、その指導をうけたようである。
この漢籍研究の成果は、やがて「神儒仏正味一粒丸」といわれる「報徳(ほうとく)」の思想に発展する。また、仕法書や訓話のなかには縦横に儒典が引用され、実践的意義を付与されている。