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報徳惑問(町田正房)巻二

詳細情報

資料ID
7437
更新日
2025/01/22
大分類
歴史
資料番号
3-9
時代・年代・製作年月日・推定年代
嘉永3年(1850)秋
形態
竪帳
材質
員数
1
寸法(cm・mm)
242×169
担当所管
生涯学習課
収蔵施設
尊徳記念館
解説
「尊徳身上取調書」をつづった町田時右衛門正房の述作。「三才報徳集 町田正房蔵版」と印刷した用紙に書かれ、巻一・巻二・人の三巻で、巻一の自序(じじょ)の末尾に嘉永3年(1850)秋と記されている。問答体(もんどうたい)の著述は「或問」と題されるのがふつうであるが、本書は第三冊目の冒頭の例外をのぞき、「惑問」と書かれている。 巻一は、巻頭(かんとう)に「報徳訓」と「報徳解」をかかげ、かなり長文の自序のあとに「報徳教諭抄」をおく。これは尊徳が平常諸所で人に諭(さと)したことの「百千の一」を書きつづったものであるが、他の語録類とちがって説話の区分もなく段落もまったくない。あとの二冊は、巻頭にそれぞれ尊徳の教訓「可勤(つとむべし)」と「可恐(おそるべし)」をかかげたのち、問答体で尊徳の事績・思想・仕法の要領などを説述しているが、これも一問一答を重ねるというより、筆者の長文の論説に傾いており、ことに人の巻においていちじるしい。 なお、本資料を所蔵する曽比(そび)(小田原市)の剱持家には、この三冊本とは別に、「報徳或問 壱」と題する一冊の稿本(20丁。報徳博物館保管)が遺されている。文中の記事によって嘉永元年、町田正房の述作と認められ、あとからできた三冊本よりも簡にして要を得た内容のように思われる。これは留岡幸助編『二宮尊徳と剱持広吉』(明治40年〔1907〕)の付録として紹介されている。
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