facebook X instagram Line

小田原侍従忠真公御直書写

詳細情報

資料ID
7438
更新日
2025/01/20
大分類
歴史
資料番号
3-10
時代・年代・製作年月日・推定年代
嘉永7年(1854)閏7月
形態
竪帳
材質
員数
1
寸法(cm・mm)
330×234
担当所管
生涯学習課
収蔵施設
尊徳記念館
解説
小田原藩主大久保忠真が、文政元年(1818)11月、領内の孝子・出精奇特(きとく)人を表彰した際の賞詞ならびに領内に申し渡した六か条の諭告(ゆこく)を、36年後の安政元年(1854)閏(うるう)7月、藩士鵜沢(うざわ)作右衛門苞紹が写しとったものである。「小田原侍従」とは、京都所司代(きょうとしょしだい)の忠真に対する宮中(きゅうちゅう)の呼称であった。 鵜沢は長らく藩の大勘定奉行(だいかんじょうぶぎょう)をつとめ、また終生報徳推進に尽力した人物であった。この写の末尾に、年数もだいぶたって諭告も忘れられていると思うので、写を渡すから、自分はむろん、村方一同へもおりおり読み聞かせ、子々孫々まで御趣意を守ってもらいたい、と述べている。曽比の剱持(広吉)家に伝来したものであり、おそらく、かつて報徳仕法により好成績をあげた曽比村が、いまはまったく人心が荒廃しているのを憂慮(ゆうりょ)し、広吉はじめ村役人に写し与えたものと思われる。 鵜沢はこの年の11月、65歳で死去した。かれはこの写で見るとおり能書家(のうしょか)で、多数の「報徳訓」や尊徳道歌を残している。
TOP