facebook X instagram Line

紙本淡彩 尊徳肖像集(岡本秋暉筆)

詳細情報

資料ID
7458
更新日
2025/01/20
大分類
歴史
資料番号
4-17
時代・年代・製作年月日・推定年代
天保13年(1842)夏
形態
巻子
材質
員数
1
寸法(cm・mm)
309×1324
担当所管
生涯学習課
収蔵施設
尊徳記念館
解説
岡本秋暉(しゅうき)は小田原藩士、絵を大西圭斎らに学び、花鳥画(かちょうが)を得意とした。かれが曽比村の剱持広吉の依頼によって、天保13年(1842)、尊徳56歳の初秋、江戸藩邸(はんてい)内の藩士矢野筈右衛門を訪れて、矢野と対談中を襖(ふすま)の間から写生したのをもとに描きあげたものである。 これは尊徳肖像集と名づけられているが、内容は三種に分かれた下絵ないし画稿である。そして、これにもとづいて完成されたのが、報徳二宮神社所蔵の尊徳坐像と目される。 第一は面貌(めんぼう)の素描(そびょう)14点、うち2点は現場にのぞんでのスケッチである。ほお・あごの輪郭をこまかく引きなおし、微妙な表情の差をよく描きわけ、尊徳日常の人となりを生々しく伝える。第二も面貌のみ16点、描線(びょうせん)をまとめ淡彩をほどこして仕上げたもの。第三は全身坐像2点。衣服・面貌それぞれ、白描(はくびょう)と彩色の仕様(しよう)を交互に組み合わせており、画像完成への最終稿であろう。 いずれも下絵から画像完成への過程を如実にうかがわせ、興趣つきぬものがあるが、とかく花鳥画家として喧伝される秋暉が、人物画にもすぐれていたことを示す好資料でもある。 ところで、この肖像集から想いおこされるのは、渡辺崋山の一蓮の肖像画、ことにその下絵類である。崋山と秋暉の関係については、とかく議論があるが、直接の師事関係はともかく、写生を基本とした姿勢は両者に共通するところがあり、この一巻に崋山人物画の影響を見るべきであろう。
TOP