[寛文図]小田原城図(小田原城普請奉伺候覚)
詳細情報
- 資料ID
- 7513
- 更新日
- 2024/06/05
- 大分類
- 歴史
- 資料番号
- 旧加藤家 1
- 分類
- 岩瀬文書
- 時代・年代・製作年月日・推定年代
- (寛文12年)
- 形態
- 鋪
- 寸法:縦
- 102
- 寸法:横
- 105
- 担当所管
- 図書館
- 収蔵施設
- 中央図書館
- 解説
- 稲葉正勝が入封した翌年の寛永10年(1633)以降、その子 正則の時代の延宝3年(1675)にかけて、小田原城には大規模な整備が加えられました。
この図は寛文12年(1672)11月、正則がその最終段階となる整備への着手に先立って、幕府に実施の許可を求めた際の「伺い書(申請書)」に添付された図とみられることから「寛文図」と呼ばれています。幕府へ提出された原図は確認されていませんが、現在「加藤図」とともに家老岩瀬家に伝えられた本図を含め、控やその写が数点残されています。
石垣の高さの嵩上げ・積み直し、櫓の新築など、図面の隅に記された「小田原城普請伺いたてまつり候覚」にみえる13項目の整備が計画されており、現状を描いた本紙に、それぞれの改修箇所の改修後の姿を図示した貼紙が添付されています。この計画はほどなく幕府の認可を受け、翌延宝元年2月にはこの図に沿った整備が開始されます。これにより小田原城は現在に近い姿にまで整備されました。
※2枚目の画像は付箋を捲った状態となっています。