| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時代区分 | 古代・中世(1493~1589) |
| 西暦 | 1568 |
| 年号 | 永禄11年 (1568)戊辰 |
| 君主 | 北条氏政 |
| 小田原北条時代の 政治・経済・社会 |
4.10 氏政,伊勢東海乗組当番衆・同船頭に,国府津等の船方不参分の番銭を納入させる[Ⅱ-713] 6.28 氏政,左衛門五郎に石切棟梁を安堵する[Ⅱ-722] 8.10 氏康,田名郷小代官百姓中に,穀段銭を10月29日までに小田原で納めさせる[Ⅱ-730] 9.5 氏康,左衛門五郎らに,土肥屋敷裏山の石を切出させ,小田原伝馬中に土肥までの伝馬2疋を出させる[Ⅱ-732・733] 10.16 氏康,左衛門五郎らに,10月18日から土肥で土蔵の石を切り出させる[Ⅱ-737] 10.29 北条某,鎌倉より小田原までの宿中に,押立夫1人ずつを出させる[Ⅱ-741] 10.頃 氏康,森木工助・大鋸引らを小田原・土肥で召し仕う[Ⅱ-740] 12.12 氏政,今川氏真支援のため駿河へ出陣する[Ⅰ-381] 12.19 北条氏,上杉謙信に和睦を求める[戦-1127] この年 土肥御殿が造営される[Ⅱ-718] |
| 文化・宗教 | 1.28 氏政,大井宮の法度を定める[Ⅱ-708] 2.4 遠山政景,延命寺に松田道場阿弥陀免1貫文の地を寄進する[神-7583] 2.8 吉田兼右,氏康・氏政に祓等を送る[Ⅰ-459] 3.26 氏政,修蔵院に地蔵堂建立を認める[Ⅱ-711] 7.6 氏政,早雲寺住持職を輪番制とし,8月1日から明叟宗晋を,翌年8月1日から万仭宗松を住持と定める[Ⅱ-725] 7.━ 海蔵寺上洛する[Ⅱ-724・726,Ⅰ-626・627] 8.15 氏康,兼右に武運長久の祓等を謝し,太刀を贈る[Ⅱ-1067] 11.10 苅野庄屋賀村郷白幡社(山北町)宝殿が造立される[風土記] |
| 国内・国際 | 3.━ 上杉謙信の部将本庄繁長,武田信玄と結び挙兵する 9.26 織田信長,足利義昭を奉じて入京する 9.━ 足利義栄(31),摂津で没する 10.━ 信長,分国中の関所を撤廃する 12.12 信玄,駿河に侵入し,今川氏真を攻める 12.13 信玄,駿府を占領し,氏真,遠江掛川城へ逃れる 12.━ 徳川家康,遠江に侵入する |
時代区分
古代・中世(1493~1589)
西暦
1568
年号
永禄11年
(1568)戊辰
君主
北条氏政
小田原北条時代の政治・経済・社会
4.10 氏政,伊勢東海乗組当番衆・同船頭に,国府津等の船方不参分の番銭を納入させる[Ⅱ-713]
6.28 氏政,左衛門五郎に石切棟梁を安堵する[Ⅱ-722]
8.10 氏康,田名郷小代官百姓中に,穀段銭を10月29日までに小田原で納めさせる[Ⅱ-730]
9.5 氏康,左衛門五郎らに,土肥屋敷裏山の石を切出させ,小田原伝馬中に土肥までの伝馬2疋を出させる[Ⅱ-732・733]
10.16 氏康,左衛門五郎らに,10月18日から土肥で土蔵の石を切り出させる[Ⅱ-737]
10.29 北条某,鎌倉より小田原までの宿中に,押立夫1人ずつを出させる[Ⅱ-741]
10.頃 氏康,森木工助・大鋸引らを小田原・土肥で召し仕う[Ⅱ-740]
12.12 氏政,今川氏真支援のため駿河へ出陣する[Ⅰ-381]
12.19 北条氏,上杉謙信に和睦を求める[戦-1127]
この年 土肥御殿が造営される[Ⅱ-718]
文化・宗教
1.28 氏政,大井宮の法度を定める[Ⅱ-708]
2.4 遠山政景,延命寺に松田道場阿弥陀免1貫文の地を寄進する[神-7583]
2.8 吉田兼右,氏康・氏政に祓等を送る[Ⅰ-459]
3.26 氏政,修蔵院に地蔵堂建立を認める[Ⅱ-711]
7.6 氏政,早雲寺住持職を輪番制とし,8月1日から明叟宗晋を,翌年8月1日から万仭宗松を住持と定める[Ⅱ-725]
7.━ 海蔵寺上洛する[Ⅱ-724・726,Ⅰ-626・627]
8.15 氏康,兼右に武運長久の祓等を謝し,太刀を贈る[Ⅱ-1067]
11.10 苅野庄屋賀村郷白幡社(山北町)宝殿が造立される[風土記]
国内・国際
3.━ 上杉謙信の部将本庄繁長,武田信玄と結び挙兵する
9.26 織田信長,足利義昭を奉じて入京する
9.━ 足利義栄(31),摂津で没する
10.━ 信長,分国中の関所を撤廃する
12.12 信玄,駿河に侵入し,今川氏真を攻める
12.13 信玄,駿府を占領し,氏真,遠江掛川城へ逃れる
12.━ 徳川家康,遠江に侵入する