| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時代区分 | 近世(1590-1870) |
| 西暦 | 1645 |
| 年号 | 正保2年(1645)乙酉閏⑤ |
| 君主 | 稲葉正則 |
| 政治・経済 | 1.21 稲葉正則妹お清,酒井忠清の弟酒井忠能と婚礼[Ⅰ-4] 4.18 小田原藩,宇佐見久右衛門らに命じて畑甚五兵衛の長屋で相模国絵図作成に取りかかる[稲葉日記] 5.22~8.16 正則,小田原へ帰城する[Ⅰ-4] ⑤.4 正則,土肥山(湯河原町)で鹿狩し,真鶴より御船にて小田原に戻る[湯1-12] ⑤.~6.━ 正則,土肥・箱根・御厨での鹿狩を兼ねて熱海・箱根権現・御殿場を視察する 6.3 正則,3000石取の客分堀平右衛門を御手討ちにする[県4-8] 7.28 正則,城米曲輪の瓦蔵鉄砲場で足軽の弓・鉄砲稽古を視察し自分でも鉄砲を撃つ[Ⅰ-18] |
| 社会・文化 | 2.━ 鵐の岩屋(真鶴町)に隠山が頼朝像を彫り刻む[県4-287] 〃 風外が鵐の岩屋の縁起を記す[真資-147] 7.18 大水(洪水)で今井村の堤が切れる[稲葉日記] 8.10 稲葉正則,家老稲葉七郎兵衛宅に外郎藤右衛門を召し出し謡いを聞く[Ⅱ-88] 12.1 城下武家屋敷地で火災発生,家中宅6軒と寺町・新宿町の町家・足軽長屋を焼失する[Ⅱ-89] この年 山角町大久寺境内を割き足軽長屋を設置,大久寺に板橋村内にて代替地が与えられる[風土記] |
| 国内・国際 | 7.19 幕府,旗本の番頭に江戸市中の無頼者取り締まりを命じる 11.11 朝廷から家康に宮号が贈られ「東照宮」と称するようになる この年 浜口儀兵衛が下総国銚子で醤油(ヤマサ醤油)の醸造をはじめる 〃 赤穂藩,入り浜式塩田を開発,のち特産品となる |
時代区分
近世(1590-1870)
西暦
1645
年号
正保2年(1645)乙酉閏⑤
君主
稲葉正則
政治・経済
1.21 稲葉正則妹お清,酒井忠清の弟酒井忠能と婚礼[Ⅰ-4]
4.18 小田原藩,宇佐見久右衛門らに命じて畑甚五兵衛の長屋で相模国絵図作成に取りかかる[稲葉日記]
5.22~8.16 正則,小田原へ帰城する[Ⅰ-4]
⑤.4 正則,土肥山(湯河原町)で鹿狩し,真鶴より御船にて小田原に戻る[湯1-12]
⑤.~6.━ 正則,土肥・箱根・御厨での鹿狩を兼ねて熱海・箱根権現・御殿場を視察する
6.3 正則,3000石取の客分堀平右衛門を御手討ちにする[県4-8]
7.28 正則,城米曲輪の瓦蔵鉄砲場で足軽の弓・鉄砲稽古を視察し自分でも鉄砲を撃つ[Ⅰ-18]
社会・文化
2.━ 鵐の岩屋(真鶴町)に隠山が頼朝像を彫り刻む[県4-287]
〃 風外が鵐の岩屋の縁起を記す[真資-147]
7.18 大水(洪水)で今井村の堤が切れる[稲葉日記]
8.10 稲葉正則,家老稲葉七郎兵衛宅に外郎藤右衛門を召し出し謡いを聞く[Ⅱ-88]
12.1 城下武家屋敷地で火災発生,家中宅6軒と寺町・新宿町の町家・足軽長屋を焼失する[Ⅱ-89]
この年 山角町大久寺境内を割き足軽長屋を設置,大久寺に板橋村内にて代替地が与えられる[風土記]
国内・国際
7.19 幕府,旗本の番頭に江戸市中の無頼者取り締まりを命じる
11.11 朝廷から家康に宮号が贈られ「東照宮」と称するようになる
この年 浜口儀兵衛が下総国銚子で醤油(ヤマサ醤油)の醸造をはじめる
〃 赤穂藩,入り浜式塩田を開発,のち特産品となる