| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時代区分 | 近世(1590-1870) |
| 西暦 | 1704 |
| 年号 | 宝永元年(1704)甲申 |
| 君主 | 大久保忠増 |
| 政治・経済 | 4.1~5.20 大久保忠増,小田原へ帰城する[Ⅰ-2] 6.━ 中里村で仁右衛門が名主就任につき誓書を作成する[Ⅱ-260] 8.11 小田原藩,地震にて領内困窮につき検見役人等への接待や川除け普請人足の提出などについて注意事項を触れ渡す[県5-47] 9.7 小田原藩,地震被害により検見を中止し,領民の要求する請け免制を実施する[Ⅱ-261]≪請け免≫ 10.━ 中里村の別家百姓2名が田・屋敷の分地を願い出る[Ⅱ-263] この年 小田原商人が廻船積仲間を結成,船手取り締まり方・運賃等を取り決める[Ⅲ-88]≪住吉講≫ 〃 定番人だけだった谷ケ関所にも番人を配置する[Ⅲ-32] |
| 社会・文化 | 2.2 大雨により矢倉沢村(南足柄市)で山崩れが発生,4軒流失する[Ⅱ-256] 2.19 大雨により矢倉沢村で山崩れが発生,9軒流出,死者3名の被害がある[Ⅱ-257] 3.━ 栢山村で譜代下人所左衛門が解放される[Ⅱ-258] 7.11 大久保忠増,自分御礼のため日光に参詣する[Ⅰ-2] 7.━ 洪水で岩流瀬と斑目村の土手が決壊する[県5-47]≪宝永申の満水≫ 8.7 小田原藩,洪水後の川成・川欠け田畑の調査を領内に実施する[県5-46] |
| 国内・国際 | 2.29 初代市川団十郎が楽屋で役者の生島半六に刺殺される 10.━ 大和川の付け替え普請が完成し,新田開発が進展する 12.5 甲府藩主徳川綱豊(家宣),綱吉の世継ぎ(養子)となり江戸城西丸に入る 12.21 老中柳沢吉保,3万9000石加増で甲府藩主(15万1000石余)となる この年 幕府,伊予国別子・立川銅山を直轄にする |
時代区分
近世(1590-1870)
西暦
1704
年号
宝永元年(1704)甲申
君主
大久保忠増
政治・経済
4.1~5.20 大久保忠増,小田原へ帰城する[Ⅰ-2]
6.━ 中里村で仁右衛門が名主就任につき誓書を作成する[Ⅱ-260]
8.11 小田原藩,地震にて領内困窮につき検見役人等への接待や川除け普請人足の提出などについて注意事項を触れ渡す[県5-47]
9.7 小田原藩,地震被害により検見を中止し,領民の要求する請け免制を実施する[Ⅱ-261]≪請け免≫
10.━ 中里村の別家百姓2名が田・屋敷の分地を願い出る[Ⅱ-263]
この年 小田原商人が廻船積仲間を結成,船手取り締まり方・運賃等を取り決める[Ⅲ-88]≪住吉講≫
〃 定番人だけだった谷ケ関所にも番人を配置する[Ⅲ-32]
社会・文化
2.2 大雨により矢倉沢村(南足柄市)で山崩れが発生,4軒流失する[Ⅱ-256]
2.19 大雨により矢倉沢村で山崩れが発生,9軒流出,死者3名の被害がある[Ⅱ-257]
3.━ 栢山村で譜代下人所左衛門が解放される[Ⅱ-258]
7.11 大久保忠増,自分御礼のため日光に参詣する[Ⅰ-2]
7.━ 洪水で岩流瀬と斑目村の土手が決壊する[県5-47]≪宝永申の満水≫
8.7 小田原藩,洪水後の川成・川欠け田畑の調査を領内に実施する[県5-46]
国内・国際
2.29 初代市川団十郎が楽屋で役者の生島半六に刺殺される
10.━ 大和川の付け替え普請が完成し,新田開発が進展する
12.5 甲府藩主徳川綱豊(家宣),綱吉の世継ぎ(養子)となり江戸城西丸に入る
12.21 老中柳沢吉保,3万9000石加増で甲府藩主(15万1000石余)となる
この年 幕府,伊予国別子・立川銅山を直轄にする