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項目 内容
時代区分 近世(1590-1870)
西暦 1838
年号 天保9年(1838)戊戌閏④
君主 大久保忠愨
政治・経済 1.20 松下良左衛門・鵜沢作右衛門・川添勘助,報徳金御用を拝命する 1.25~ 二宮金次郎,登り筋10か村から復興仕法(報徳金貸し付け)に取り掛かる 1.━ 根府川村石切清兵衛ら3名が広井長十郎に新堀丁場の借用延期を頼む[Ⅲ-149] 2.2 小田原藩,報徳方を設置する[関中-20]≪報徳方の設置≫ 2.10~15 吉岡信之,浦賀表に出張し沿岸の台場等海防施設を調査する[Ⅰ-256] 2.26 小田原藩,田畑の質入れにつき相対取り引き禁止を領内に触れ出す[Ⅲ-15] 2.━ 関本村(南足柄市)五右衛門ら12名が報徳金を拝借して田地を請け戻す[南3-241] 3.14 幕府巡見使が小田原泊,伊豆方面へ向かう[湯1-84] 4.22 小田原藩,江戸城西丸の修築につき石材献上を命じられる[県4-2] 4.━ 江戸城西丸の修築につき杣・木挽御用が相模国に命じられる[秦叢2-27] 5.5 二宮金次郎,栢山村に移り復興仕法を続ける 8.━ 小船村で囲い穀と農間渡世について関東取締出役へ書上帳を提出する[Ⅲ-153] 9.11 小田原藩,御改革年限につき家中への扶持米渡し方改正を申し渡す[Ⅰ-257] 9.━ 不作のため御厨領では組合村で田方3割引と取り決めるが,村方では実質4割引で対処する[御叢2-7-186] 10.1 二宮金次郎,小田原領の復興仕法に区切りをつけ桜町陣屋に帰着する 10.27 小田原藩,郡内騒動・異国船出役の夫人足割金を領内に賦課する[御1-2-14] 11.18 御殿場村名主格日野屋忠助が飢饉中の施行等を藩より褒賞され苗字・脇差御免となる[Ⅲ-154] 11.18 福浦村(湯河原町)名主浦右衛門が飢饉中の米穀施行等を藩より褒賞され脇差御免となる[Ⅲ-155] 11.━ 小田原藩,東筋極難村18か村の取り直し(復興)趣法を計画する[県5-95] 12.17 小田原藩,地方取り扱いでの報徳仕法推進の方針を決定,報徳肝煎・世話人を任命する 12.━ 小田原藩,忠真の上京の際に拝借した官金1万両を返納し終わる[県4-2] この年 小田原宿の積金仕法が満会となり,積立金4231両余の利回し運用を藩に依頼する[町誌上]
社会・文化 1.━ 小船村で米金供出・安売り等の奇特人を書き上げる[Ⅲ-151] 1.~8.━ 府川村稲子七兵衛が餅米支給と引き替えに本町大坂屋より下肥を受け取る[Ⅲ-150] 2.21 矢倉沢村(南足柄市)で諸事倹約・報徳金返済・耕作出精などの議定書を作成する[Ⅰ-152] 3.━ 関本村(南足柄市)が困窮につき勧農料と肥料代の拝借を藩に願い出る[県5-228] 〃 雨坪村(南足柄市)で復興のため農間稼ぎ・倹約・非常積立金について取り決める[南2-227] 4.11 御厨領の医者22名が仲間を結成し議定を定める[小山2-255] 4.24 箱根宿三島町より出火,宿全焼,のち幕府より1500両を拝借する[県9-交150]≪箱根大火≫ 5.━ 二宮金次郎,東筋の困窮人を調査する 9.27 箱根宿小田原町の本迹寺建立にあわせ賽の河原に法経塔を建立する[関中-20] 9.━ 曽比村釼持与右衛門・同広吉が寺子屋師匠であった宮台村(開成町)本光寺のため二宮金次郎に報徳金の拝借を願い出る 12.14 小田原藩の軍学師範をつとめた円城寺喜左衛門(俳人六花苑嵐窓・空斉)が死去する[金石1-15] この年 西山家組合7か村(山北町)と東山家組合9か村(松田町・秦野市)が飢饉中合力の奇特人を関東取締出役に書き上げる[Ⅲ-156・157]
国内・国際 2.30 幕府,代官羽倉用九に伊豆七島巡視を命じる 2.━ 江川英竜,三浦郡内の台場等を視察する 3.10 江戸城西丸が焼失する 3.16~ 諸大名,江戸城西丸造営費を献上する ④.29 幕府,百姓・町人が櫛・簪・煙管等に金銀を使用することを禁止する 5.24 佐渡国幕府領村250余村の農民が年貢減免等を求めて一揆をおこす(佐渡一国騒動) 8.23 大原幽学が下総国長部村などで農村復興のための先祖株組合を結成させる 8.━ 長州藩,村田清風を登用して藩政改革に着手する 10.21 高野長英が「戊戌夢物語」を著す 10.26 大和国庄屋敷村の中山みきが天理教を創始する 12.━ 常陸国下館藩が二宮金次郎の指導に従い改革仕法に取りかかる この年 渡辺崋山が「慎機論」を著し,モリソン号打ち払いを批判する この年 蘭学医緒方洪庵が大坂瓦町に蘭学塾「適々斎塾(適塾)」を開く
時代区分
近世(1590-1870)
西暦
1838
年号
天保9年(1838)戊戌閏④
君主
大久保忠愨
政治・経済
1.20 松下良左衛門・鵜沢作右衛門・川添勘助,報徳金御用を拝命する 1.25~ 二宮金次郎,登り筋10か村から復興仕法(報徳金貸し付け)に取り掛かる 1.━ 根府川村石切清兵衛ら3名が広井長十郎に新堀丁場の借用延期を頼む[Ⅲ-149] 2.2 小田原藩,報徳方を設置する[関中-20]≪報徳方の設置≫ 2.10~15 吉岡信之,浦賀表に出張し沿岸の台場等海防施設を調査する[Ⅰ-256] 2.26 小田原藩,田畑の質入れにつき相対取り引き禁止を領内に触れ出す[Ⅲ-15] 2.━ 関本村(南足柄市)五右衛門ら12名が報徳金を拝借して田地を請け戻す[南3-241] 3.14 幕府巡見使が小田原泊,伊豆方面へ向かう[湯1-84] 4.22 小田原藩,江戸城西丸の修築につき石材献上を命じられる[県4-2] 4.━ 江戸城西丸の修築につき杣・木挽御用が相模国に命じられる[秦叢2-27] 5.5 二宮金次郎,栢山村に移り復興仕法を続ける 8.━ 小船村で囲い穀と農間渡世について関東取締出役へ書上帳を提出する[Ⅲ-153] 9.11 小田原藩,御改革年限につき家中への扶持米渡し方改正を申し渡す[Ⅰ-257] 9.━ 不作のため御厨領では組合村で田方3割引と取り決めるが,村方では実質4割引で対処する[御叢2-7-186] 10.1 二宮金次郎,小田原領の復興仕法に区切りをつけ桜町陣屋に帰着する 10.27 小田原藩,郡内騒動・異国船出役の夫人足割金を領内に賦課する[御1-2-14] 11.18 御殿場村名主格日野屋忠助が飢饉中の施行等を藩より褒賞され苗字・脇差御免となる[Ⅲ-154] 11.18 福浦村(湯河原町)名主浦右衛門が飢饉中の米穀施行等を藩より褒賞され脇差御免となる[Ⅲ-155] 11.━ 小田原藩,東筋極難村18か村の取り直し(復興)趣法を計画する[県5-95] 12.17 小田原藩,地方取り扱いでの報徳仕法推進の方針を決定,報徳肝煎・世話人を任命する 12.━ 小田原藩,忠真の上京の際に拝借した官金1万両を返納し終わる[県4-2] この年 小田原宿の積金仕法が満会となり,積立金4231両余の利回し運用を藩に依頼する[町誌上]
社会・文化
1.━ 小船村で米金供出・安売り等の奇特人を書き上げる[Ⅲ-151] 1.~8.━ 府川村稲子七兵衛が餅米支給と引き替えに本町大坂屋より下肥を受け取る[Ⅲ-150] 2.21 矢倉沢村(南足柄市)で諸事倹約・報徳金返済・耕作出精などの議定書を作成する[Ⅰ-152] 3.━ 関本村(南足柄市)が困窮につき勧農料と肥料代の拝借を藩に願い出る[県5-228] 〃 雨坪村(南足柄市)で復興のため農間稼ぎ・倹約・非常積立金について取り決める[南2-227] 4.11 御厨領の医者22名が仲間を結成し議定を定める[小山2-255] 4.24 箱根宿三島町より出火,宿全焼,のち幕府より1500両を拝借する[県9-交150]≪箱根大火≫ 5.━ 二宮金次郎,東筋の困窮人を調査する 9.27 箱根宿小田原町の本迹寺建立にあわせ賽の河原に法経塔を建立する[関中-20] 9.━ 曽比村釼持与右衛門・同広吉が寺子屋師匠であった宮台村(開成町)本光寺のため二宮金次郎に報徳金の拝借を願い出る 12.14 小田原藩の軍学師範をつとめた円城寺喜左衛門(俳人六花苑嵐窓・空斉)が死去する[金石1-15] この年 西山家組合7か村(山北町)と東山家組合9か村(松田町・秦野市)が飢饉中合力の奇特人を関東取締出役に書き上げる[Ⅲ-156・157]
国内・国際
2.30 幕府,代官羽倉用九に伊豆七島巡視を命じる 2.━ 江川英竜,三浦郡内の台場等を視察する 3.10 江戸城西丸が焼失する 3.16~ 諸大名,江戸城西丸造営費を献上する ④.29 幕府,百姓・町人が櫛・簪・煙管等に金銀を使用することを禁止する 5.24 佐渡国幕府領村250余村の農民が年貢減免等を求めて一揆をおこす(佐渡一国騒動) 8.23 大原幽学が下総国長部村などで農村復興のための先祖株組合を結成させる 8.━ 長州藩,村田清風を登用して藩政改革に着手する 10.21 高野長英が「戊戌夢物語」を著す 10.26 大和国庄屋敷村の中山みきが天理教を創始する 12.━ 常陸国下館藩が二宮金次郎の指導に従い改革仕法に取りかかる この年 渡辺崋山が「慎機論」を著し,モリソン号打ち払いを批判する この年 蘭学医緒方洪庵が大坂瓦町に蘭学塾「適々斎塾(適塾)」を開く
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