| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時代区分 | 近世(1590-1870) |
| 西暦 | 1846 |
| 年号 | 弘化3年(1846)丙午閏⑤ |
| 君主 | 大久保忠愨 |
| 政治・経済 | 2.━ 小田原藩,非常時下田援兵体制を改正する 3.━ 府川村幸七・新左衛門・常左衛門が水車建造を藩作方役所に願い出る[県9-産171] ⑤.28~6.11 小田原藩,ビッドル艦隊渡来につき真鶴・下田・小田原浦・大磯・浦賀に出兵する[Ⅰ-268・273]≪はじめての下田派兵≫ 6.29~7.12 小田原藩,デンマーク船ガラテア号渡来につき真鶴・小田原浦・東筋(羽根尾村境)へ出兵する[Ⅰ-268・273] 6.━ 小田原藩,報徳仕法の中止を領内に申し渡す[Ⅲ-183]≪小田原報徳仕法の中止≫ 8.4 大久保忠愨,参府のため小田原を出発する[Ⅰ-2] 12.━ 小田原町の総坪数9万1055坪(うち1万坪は伝馬100疋分,1万411坪は武家屋敷地化で地子免除)[県5-11] この年頃 小田原藩,真鶴岬に台場を築造する |
| 社会・文化 | 2.6 藩儒松隈甚七(振之)が死去し,谷津村桃源寺に葬られる[金石1-45] 3.3 元高月六左衛門組荒井熊太郎が揚り屋より脱獄する[御1-2-15] 6.22 大雨にて御厨領村の田畑に被害が出る[御1-2-15] 8.━ 曽我谷津村小沢大明神の神主尾崎熊勝に5か年間領分勧化が許可される[御1-2-15] |
| 国内・国際 | 2.━ 徳川斉昭・韮山代官江川英竜らが海防について意見書を提出する 4.16~6.7 江川英竜,伊豆諸島を巡見する 5.13 フランスのインドシナ艦隊が琉球に来航し通商を要求するが,琉球王が拒否する ⑤.27~6.7 ビッドル率いるアメリカ東インド艦隊の戦艦2艘が浦賀に来航,通商を求める 8.29 朝廷が幕府に対して海防強化を命じる 9.━ 福岡・佐賀両藩主,長崎警衛のための砲台増設を幕府に進言する この年 松浦武四郎が西蝦夷地・カラフトを探検する |
時代区分
近世(1590-1870)
西暦
1846
年号
弘化3年(1846)丙午閏⑤
君主
大久保忠愨
政治・経済
2.━ 小田原藩,非常時下田援兵体制を改正する
3.━ 府川村幸七・新左衛門・常左衛門が水車建造を藩作方役所に願い出る[県9-産171]
⑤.28~6.11 小田原藩,ビッドル艦隊渡来につき真鶴・下田・小田原浦・大磯・浦賀に出兵する[Ⅰ-268・273]≪はじめての下田派兵≫
6.29~7.12 小田原藩,デンマーク船ガラテア号渡来につき真鶴・小田原浦・東筋(羽根尾村境)へ出兵する[Ⅰ-268・273]
6.━ 小田原藩,報徳仕法の中止を領内に申し渡す[Ⅲ-183]≪小田原報徳仕法の中止≫
8.4 大久保忠愨,参府のため小田原を出発する[Ⅰ-2]
12.━ 小田原町の総坪数9万1055坪(うち1万坪は伝馬100疋分,1万411坪は武家屋敷地化で地子免除)[県5-11]
この年頃 小田原藩,真鶴岬に台場を築造する
社会・文化
2.6 藩儒松隈甚七(振之)が死去し,谷津村桃源寺に葬られる[金石1-45]
3.3 元高月六左衛門組荒井熊太郎が揚り屋より脱獄する[御1-2-15]
6.22 大雨にて御厨領村の田畑に被害が出る[御1-2-15]
8.━ 曽我谷津村小沢大明神の神主尾崎熊勝に5か年間領分勧化が許可される[御1-2-15]
国内・国際
2.━ 徳川斉昭・韮山代官江川英竜らが海防について意見書を提出する
4.16~6.7 江川英竜,伊豆諸島を巡見する
5.13 フランスのインドシナ艦隊が琉球に来航し通商を要求するが,琉球王が拒否する
⑤.27~6.7 ビッドル率いるアメリカ東インド艦隊の戦艦2艘が浦賀に来航,通商を求める
8.29 朝廷が幕府に対して海防強化を命じる
9.━ 福岡・佐賀両藩主,長崎警衛のための砲台増設を幕府に進言する
この年 松浦武四郎が西蝦夷地・カラフトを探検する