facebook X instagram Line

項目 内容
時代区分 近世(1590-1870)
西暦 1858
年号 安政5年(1858)戊午
君主 大久保忠愨
政治・経済 1.29 小田原藩,小作・無尽に関して小前百姓らが不法寄合することを禁止する[御2-8-24] 1.━ 大磯宿,山西村梅沢茶屋の旅人宿泊差し止めを組合宿取締役に願い出る[県9-交121] 2.20~ 大久保忠愨,小田原へ帰城する[Ⅰ-2] 4.━ 二宮金次郎の門人である西大友村の大友亀太郎が幕命により蝦夷地(北海道)に渡り,木古内・大野など箱館(函館)地域の開拓にあたる[金石3-65] 7.1 荻野山中藩,10か年藩政改革着手にあたり減額中の家中扶持米を固定する 8.6 忠愨,参府のため小田原を出発するが酒匂川増水により遅延する[Ⅰ-2] 9.━ 御厨領印野村・塚原村(御殿場市)が荒れ畑等への櫨植え付け許可を藩に願い出る[御2-14-38,御3-2-14] 〃 飯田岡村,田畑流出・荒れ地につき耕作可能地の3割を村方に供出し再配分する[県5-241] 10.8~11.7 小田原藩,アメリカ船来航につき下田へ出兵する 11.9 小田原藩,夏の大雨による収納米減少のため家中に質素倹約を命じる[Ⅰ-2] 11.━ 荻野山中藩,御主法金調達につき御厨領御宿村(裾野市)名主吟平に脇差を免許する[裾3-315] この年 神山・松田惣領村(松田町)の川音川堤の地上げ工事が藩費で行われる[Ⅲ-234]
社会・文化 3.━ 上曽我村の綿打ち職人常五郎に弟子入りしていた金子村(大井町)千松が年季途中で欠け落ちする[Ⅲ-231] 7.28頃 小田原宿でコレラ患者がでる≪コレラ流行≫ 8.12 悪疫流行のため江戸・小田原の家中に薬として人参が給与される[Ⅰ-2] 8.14 手習い師匠無覚宗雲の死去に際して剣持郡治ら門弟が曽比村宗繁寺に筆子塚を建立する 8.━ 伊予松山藩主参府一行が小田原止宿の際にコレラで供侍20~30人死去の噂が立つ[県10-189] 〃 コレラを狐の仕業として患者を大稲荷に連れていき責め殺す者もでる[町誌上] 9.5 中島流砲術指南で諸稽古所教授でもあった柳川信直が死去し,谷津村養託寺に葬られる[金石3-100] 10.22~23 御厨領萩原村(御殿場市)の子供らが悪疫退散を願い氏神で手踊りを催す[御2-5-22]
国内・国際 3.20 朝廷,日米修好通商条約の勅許を拒否する 4.23 井伊直弼が大老に就任する 6.19 神奈川沖のポーハタン号上で日米修好通商条約が締結される 6.25 将軍継嗣が和歌山藩主徳川慶福(家茂)と発表される 7.5 一橋派の徳川斉昭・松平慶永らが謹慎処分となる 7.6 徳川家定(35),死去する(法名温恭院) 7.8 幕府,海防掛を廃止し田安家家老水野忠徳ら5名を外国奉行に任命する 7.~9.━ 長崎で発生したコレラの被害が全国に及ぶ 8.8 孝明天皇が攘夷を内容とする勅諚を水戸藩に下す(戊午の密勅) 10.23 梅田雲浜につづき,開明的な言動を行っていた橋本左内が逮捕される(安政の大獄) 10.25 徳川家茂(13),第14代将軍となる 10.━ 福沢諭吉が幕命で江戸築地鉄砲洲の中津藩屋敷内に蘭学塾(慶應義塾)を開く
時代区分
近世(1590-1870)
西暦
1858
年号
安政5年(1858)戊午
君主
大久保忠愨
政治・経済
1.29 小田原藩,小作・無尽に関して小前百姓らが不法寄合することを禁止する[御2-8-24] 1.━ 大磯宿,山西村梅沢茶屋の旅人宿泊差し止めを組合宿取締役に願い出る[県9-交121] 2.20~ 大久保忠愨,小田原へ帰城する[Ⅰ-2] 4.━ 二宮金次郎の門人である西大友村の大友亀太郎が幕命により蝦夷地(北海道)に渡り,木古内・大野など箱館(函館)地域の開拓にあたる[金石3-65] 7.1 荻野山中藩,10か年藩政改革着手にあたり減額中の家中扶持米を固定する 8.6 忠愨,参府のため小田原を出発するが酒匂川増水により遅延する[Ⅰ-2] 9.━ 御厨領印野村・塚原村(御殿場市)が荒れ畑等への櫨植え付け許可を藩に願い出る[御2-14-38,御3-2-14] 〃 飯田岡村,田畑流出・荒れ地につき耕作可能地の3割を村方に供出し再配分する[県5-241] 10.8~11.7 小田原藩,アメリカ船来航につき下田へ出兵する 11.9 小田原藩,夏の大雨による収納米減少のため家中に質素倹約を命じる[Ⅰ-2] 11.━ 荻野山中藩,御主法金調達につき御厨領御宿村(裾野市)名主吟平に脇差を免許する[裾3-315] この年 神山・松田惣領村(松田町)の川音川堤の地上げ工事が藩費で行われる[Ⅲ-234]
社会・文化
3.━ 上曽我村の綿打ち職人常五郎に弟子入りしていた金子村(大井町)千松が年季途中で欠け落ちする[Ⅲ-231] 7.28頃 小田原宿でコレラ患者がでる≪コレラ流行≫ 8.12 悪疫流行のため江戸・小田原の家中に薬として人参が給与される[Ⅰ-2] 8.14 手習い師匠無覚宗雲の死去に際して剣持郡治ら門弟が曽比村宗繁寺に筆子塚を建立する 8.━ 伊予松山藩主参府一行が小田原止宿の際にコレラで供侍20~30人死去の噂が立つ[県10-189] 〃 コレラを狐の仕業として患者を大稲荷に連れていき責め殺す者もでる[町誌上] 9.5 中島流砲術指南で諸稽古所教授でもあった柳川信直が死去し,谷津村養託寺に葬られる[金石3-100] 10.22~23 御厨領萩原村(御殿場市)の子供らが悪疫退散を願い氏神で手踊りを催す[御2-5-22]
国内・国際
3.20 朝廷,日米修好通商条約の勅許を拒否する 4.23 井伊直弼が大老に就任する 6.19 神奈川沖のポーハタン号上で日米修好通商条約が締結される 6.25 将軍継嗣が和歌山藩主徳川慶福(家茂)と発表される 7.5 一橋派の徳川斉昭・松平慶永らが謹慎処分となる 7.6 徳川家定(35),死去する(法名温恭院) 7.8 幕府,海防掛を廃止し田安家家老水野忠徳ら5名を外国奉行に任命する 7.~9.━ 長崎で発生したコレラの被害が全国に及ぶ 8.8 孝明天皇が攘夷を内容とする勅諚を水戸藩に下す(戊午の密勅) 10.23 梅田雲浜につづき,開明的な言動を行っていた橋本左内が逮捕される(安政の大獄) 10.25 徳川家茂(13),第14代将軍となる 10.━ 福沢諭吉が幕命で江戸築地鉄砲洲の中津藩屋敷内に蘭学塾(慶應義塾)を開く
TOP