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項目 内容
時代区分 近現代(1871-2000)
西暦 1876
年号 明治九年(一八七六)丙子
政治・経済・社会 1.20 第1大区1小区扱所を幸町1丁目大久保貫一邸に置く,小田原町役場のはじまりとなる[419] 1.━ 足柄県,県会・区会議事規則,議場規則ならび議員選出規則等について布達[Ⅰ-15][201] 〃 酒匂村鈴木新左衛門,尺度製造免許をうける[385] 2.15 第1回足柄県会へ提出する建白書を締め切る[291] 2.━ 足柄県第1大区県会議員に中村舜次郎・石原重固・神保中三・大友亀太郎が選出される[339] 〃 野沢好兵衛,権衡製造免許をうける[121] 〃 足柄県,勧業試験場用地を紹太寺官林に設定し,内務省に出願[Ⅰ-69] 〃 内国通運会社,神奈川-熱田間に郵便馬車を運行,小田原一箱根間は人力による郵便行李を使用[183] 〃 足柄県,売淫規則を制定[201] 3.1 足柄県,県会を設置[178,201,291] 3.21 第1回足柄県会を開会[379] 3.24 足柄県,里道を1~3等に区分し,修繕・保護方を確定[Ⅰ-122] 3.━ 足柄県,諸商業取締規則を定め鑑札を下げ渡す[201] 〃 足柄県,小田原一真鶴一熱海間の小型蒸気船の運行を内務省に上申,4月12日許可指令[201] 〃 足柄県度量衡旧器改出張所,度量衡検査実施を布達[Ⅰ-68] 4.18 足柄県の廃止にともない,足柄上・足柄下・大住・淘綾・愛甲・津久井の6郡は神奈川県へ,旧伊豆国分は静岡県管轄となる[Ⅰ-44][178,201,419] 4.━ 足柄県,災害備点法を制定し,道路橋梁世話掛・災害備虞貯積取扱人取締役・勧業世話掛頭取・堤防掛の公選を布達[Ⅰ-13・31] 〃 足柄県反別調査を実施,第1大区で80%,第2大区で90%,第3大区で70%の地租改正事業が完了[187] 5.1 神奈川県令野村靖,足柄県より土地・人民の引渡しをうける[Ⅰ-44][145] 5.2 旧足柄県第1大区を神奈川県第21大区に改め,小区は従来通りとする[Ⅰ-28] 〃 旧足柄県地租改正総代人,地租改正調査据置を神奈川県に願い出る[Ⅰ-90] 5.3 足柄裁判所が廃止となる[339] 5.6 旧足柄県大属磯貝静蔵,神奈川県への事務引継書を旧本陣片岡で作成,県支庁長河原一義へ送る[148] 5.20 神奈川県小田原支庁の設置を内務省に伺う,25日許可指令をうけ旧足柄県庁に開庁[198,419] 5.━ 神奈川県第21・22・23大区士族総代,旧足柄県参事城多董の登用を神奈川県へ嘆願[145] 6.2 神奈川県第21大区正副戸長の大区事務取扱所への定詰を廃止し,月3回出所とする[Ⅰ-29] 6.6 官金事務取扱のため三井組出張所が設置され,7月1日から三井銀行支店と改称[419] 6.━ 神奈川県第21大区警察出張所を第10号警察出張所と改称,大住・淘綾・足柄上・足柄下の4郡を所管[339] 〃 飯田岡村一足柄上郡平山村間28か村が共同して村道の整備に着手[Ⅰ-123] 7.24 神奈川県小田原支庁・第21大区区務所,幸町杉浦邸に移転,足柄県庁跡地は陸軍省の所管となる[134,148,409] 〃 神奈川県第10号警察出張所,十字町1丁目(小松屋跡地)に移転[339,419] 8.━ 第21大区区務所事務のうち捨物拾物届・盗難届・諸祭典諸興行届等を警察出張所へ委任[Ⅰ-30] 10.━ 旧足柄県下に模範地位等級心得が達せられ,神奈川県と同一の地租改正方式を採用することが示される[187] 12.11 小田原区裁判所,幸町1丁目に開庁[339] この年 小田原駅の商人,小田原一熱海間汽船航路開設を神奈川県に申請[201,431] 〃 皇后の通行のため道普請がすすめられる[Ⅰ-198] 〃 小田原駅5町の戸数2504,人口1万3314人,うち士族は約4700人で,士族の人口構成に占める割合は42.2%(1872年)から35.0%に下がる[419]
文化・教育 1.1 天皇・皇后御真影を足柄県庁内に掲げ,県民に拝礼を促す[419] 1.11 九恩館を矢作村から千代村に移し,千代村ほか21か村千代学校と改称[99] 〃 足柄県医務局を万年町3丁目に設置,医務取締規則を定める[201] 〃 足柄県会,教員養成と児童の就学督励についての議案,ならびに師範講習所内に中学科設置を審議[Ⅰ-156][178] 4.1 鶴座が茶畑(幸町)寄席跡に開場[419] 4.29 前足柄県令柏木忠俊,正5位に叙せられる[Ⅰ-47] 6.30 旧足柄県師範講習所華園学校に中学科を設置,校則・教則を定める[44,169,170,197] 8.5 旧足柄県師範講習所華園学校,小田原師範学校と改称し,横浜師範学校と並立,12月開校[168,199] 8.28 皇后,宮ノ下温泉へ向かう途中旧本陣片岡へ宿泊[419,431] 8.━ 旱魃,第21大区区務所,管内被害調査を実施[Ⅰ-197] 9.13 皇后,帰京のさい日新館を訪問,旧本陣片岡へ宿泊,14日日新館生徒は山王原村まで見送る[Ⅰ-200][419] 9.14 成美館を池上村から多古村に移して多古学校本校とし,池上学校を支校とする[44] 11.21 皇后,京都へ向かう途中旧本陣片岡へ宿泊[419,431] 12.━ 山王学校と酒匂学校が合併して酒匂学校となる[59] この年 西海子学校,小田原師範学校附属学校となる 〃 小田原師範学校,男女により教則を異にしていた手翰文を男女同文に改める[45] 〃 神道事務局,人民を教導するため新聞縦覧所を開設[181] 〃 夜芝居が盛んになるが,士族の妻女の観覧は禁止される[181] 〃 小田原の小学生,旧足柄県令柏木忠俊に「惜別」の作文を送る[Ⅰ-45] 〃 足柄県,『皇国地誌』の編さんに着手するが,廃県により中途となる[Ⅰ-32]
国内・国際 2.22 代言人規則を制定 2.26 日鮮修好条約調印(江華条約) 3.12 官庁の日曜全休・土曜半休制を定める(4月1日実施) 3.28 帯刀を禁止(廃刀令) 3.31 三井銀行設立,7月1日開業 4.1 満20年をもって成人とする 4.7 第1号県師範学校開校式 4.14 官吏懲戒令を制定 5.9 上野公園開園 5.22 十全病院内に横浜医務所を設置 6.3 神奈川県,外国銀行発行の銀行券通用差し止めを布達 6.8 道路の等級を廃止,国・県・里の3道に改定 7.29 三井物産会社設立許可(社長益田孝) 8.1 国立銀行条例を改正 8.5 金禄公債証書発行条例を制定 〃 神奈川県,4か所の師範学校を合併,横浜師範学校と改称 9.6 元老院に憲法起草を命じる 9.13 府県裁判所を廃止,地方裁判所を設置 10.14 三井物産会社・三井銀行,地租米売り捌きと地租代納業務を開始 10.17 各町村,金穀公借・共有物取扱・土木起功規則を定める 〃 地租改正局出仕松方正義,神奈川県下の地租改正状況を検視 10.━ 熊本・福岡・山口で士族の乱 12.1 横浜区裁判所開庁 12.27 大久保利通,地租改正反対一揆激化のため地租減額を建議 この年 士族急権派の政治評論雑誌,前年から目立ち,多数発行される
時代区分
近現代(1871-2000)
西暦
1876
年号
明治九年(一八七六)丙子
政治・経済・社会
1.20 第1大区1小区扱所を幸町1丁目大久保貫一邸に置く,小田原町役場のはじまりとなる[419] 1.━ 足柄県,県会・区会議事規則,議場規則ならび議員選出規則等について布達[Ⅰ-15][201] 〃 酒匂村鈴木新左衛門,尺度製造免許をうける[385] 2.15 第1回足柄県会へ提出する建白書を締め切る[291] 2.━ 足柄県第1大区県会議員に中村舜次郎・石原重固・神保中三・大友亀太郎が選出される[339] 〃 野沢好兵衛,権衡製造免許をうける[121] 〃 足柄県,勧業試験場用地を紹太寺官林に設定し,内務省に出願[Ⅰ-69] 〃 内国通運会社,神奈川-熱田間に郵便馬車を運行,小田原一箱根間は人力による郵便行李を使用[183] 〃 足柄県,売淫規則を制定[201] 3.1 足柄県,県会を設置[178,201,291] 3.21 第1回足柄県会を開会[379] 3.24 足柄県,里道を1~3等に区分し,修繕・保護方を確定[Ⅰ-122] 3.━ 足柄県,諸商業取締規則を定め鑑札を下げ渡す[201] 〃 足柄県,小田原一真鶴一熱海間の小型蒸気船の運行を内務省に上申,4月12日許可指令[201] 〃 足柄県度量衡旧器改出張所,度量衡検査実施を布達[Ⅰ-68] 4.18 足柄県の廃止にともない,足柄上・足柄下・大住・淘綾・愛甲・津久井の6郡は神奈川県へ,旧伊豆国分は静岡県管轄となる[Ⅰ-44][178,201,419] 4.━ 足柄県,災害備点法を制定し,道路橋梁世話掛・災害備虞貯積取扱人取締役・勧業世話掛頭取・堤防掛の公選を布達[Ⅰ-13・31] 〃 足柄県反別調査を実施,第1大区で80%,第2大区で90%,第3大区で70%の地租改正事業が完了[187] 5.1 神奈川県令野村靖,足柄県より土地・人民の引渡しをうける[Ⅰ-44][145] 5.2 旧足柄県第1大区を神奈川県第21大区に改め,小区は従来通りとする[Ⅰ-28] 〃 旧足柄県地租改正総代人,地租改正調査据置を神奈川県に願い出る[Ⅰ-90] 5.3 足柄裁判所が廃止となる[339] 5.6 旧足柄県大属磯貝静蔵,神奈川県への事務引継書を旧本陣片岡で作成,県支庁長河原一義へ送る[148] 5.20 神奈川県小田原支庁の設置を内務省に伺う,25日許可指令をうけ旧足柄県庁に開庁[198,419] 5.━ 神奈川県第21・22・23大区士族総代,旧足柄県参事城多董の登用を神奈川県へ嘆願[145] 6.2 神奈川県第21大区正副戸長の大区事務取扱所への定詰を廃止し,月3回出所とする[Ⅰ-29] 6.6 官金事務取扱のため三井組出張所が設置され,7月1日から三井銀行支店と改称[419] 6.━ 神奈川県第21大区警察出張所を第10号警察出張所と改称,大住・淘綾・足柄上・足柄下の4郡を所管[339] 〃 飯田岡村一足柄上郡平山村間28か村が共同して村道の整備に着手[Ⅰ-123] 7.24 神奈川県小田原支庁・第21大区区務所,幸町杉浦邸に移転,足柄県庁跡地は陸軍省の所管となる[134,148,409] 〃 神奈川県第10号警察出張所,十字町1丁目(小松屋跡地)に移転[339,419] 8.━ 第21大区区務所事務のうち捨物拾物届・盗難届・諸祭典諸興行届等を警察出張所へ委任[Ⅰ-30] 10.━ 旧足柄県下に模範地位等級心得が達せられ,神奈川県と同一の地租改正方式を採用することが示される[187] 12.11 小田原区裁判所,幸町1丁目に開庁[339] この年 小田原駅の商人,小田原一熱海間汽船航路開設を神奈川県に申請[201,431] 〃 皇后の通行のため道普請がすすめられる[Ⅰ-198] 〃 小田原駅5町の戸数2504,人口1万3314人,うち士族は約4700人で,士族の人口構成に占める割合は42.2%(1872年)から35.0%に下がる[419]
文化・教育
1.1 天皇・皇后御真影を足柄県庁内に掲げ,県民に拝礼を促す[419] 1.11 九恩館を矢作村から千代村に移し,千代村ほか21か村千代学校と改称[99] 〃 足柄県医務局を万年町3丁目に設置,医務取締規則を定める[201] 〃 足柄県会,教員養成と児童の就学督励についての議案,ならびに師範講習所内に中学科設置を審議[Ⅰ-156][178] 4.1 鶴座が茶畑(幸町)寄席跡に開場[419] 4.29 前足柄県令柏木忠俊,正5位に叙せられる[Ⅰ-47] 6.30 旧足柄県師範講習所華園学校に中学科を設置,校則・教則を定める[44,169,170,197] 8.5 旧足柄県師範講習所華園学校,小田原師範学校と改称し,横浜師範学校と並立,12月開校[168,199] 8.28 皇后,宮ノ下温泉へ向かう途中旧本陣片岡へ宿泊[419,431] 8.━ 旱魃,第21大区区務所,管内被害調査を実施[Ⅰ-197] 9.13 皇后,帰京のさい日新館を訪問,旧本陣片岡へ宿泊,14日日新館生徒は山王原村まで見送る[Ⅰ-200][419] 9.14 成美館を池上村から多古村に移して多古学校本校とし,池上学校を支校とする[44] 11.21 皇后,京都へ向かう途中旧本陣片岡へ宿泊[419,431] 12.━ 山王学校と酒匂学校が合併して酒匂学校となる[59] この年 西海子学校,小田原師範学校附属学校となる 〃 小田原師範学校,男女により教則を異にしていた手翰文を男女同文に改める[45] 〃 神道事務局,人民を教導するため新聞縦覧所を開設[181] 〃 夜芝居が盛んになるが,士族の妻女の観覧は禁止される[181] 〃 小田原の小学生,旧足柄県令柏木忠俊に「惜別」の作文を送る[Ⅰ-45] 〃 足柄県,『皇国地誌』の編さんに着手するが,廃県により中途となる[Ⅰ-32]
国内・国際
2.22 代言人規則を制定 2.26 日鮮修好条約調印(江華条約) 3.12 官庁の日曜全休・土曜半休制を定める(4月1日実施) 3.28 帯刀を禁止(廃刀令) 3.31 三井銀行設立,7月1日開業 4.1 満20年をもって成人とする 4.7 第1号県師範学校開校式 4.14 官吏懲戒令を制定 5.9 上野公園開園 5.22 十全病院内に横浜医務所を設置 6.3 神奈川県,外国銀行発行の銀行券通用差し止めを布達 6.8 道路の等級を廃止,国・県・里の3道に改定 7.29 三井物産会社設立許可(社長益田孝) 8.1 国立銀行条例を改正 8.5 金禄公債証書発行条例を制定 〃 神奈川県,4か所の師範学校を合併,横浜師範学校と改称 9.6 元老院に憲法起草を命じる 9.13 府県裁判所を廃止,地方裁判所を設置 10.14 三井物産会社・三井銀行,地租米売り捌きと地租代納業務を開始 10.17 各町村,金穀公借・共有物取扱・土木起功規則を定める 〃 地租改正局出仕松方正義,神奈川県下の地租改正状況を検視 10.━ 熊本・福岡・山口で士族の乱 12.1 横浜区裁判所開庁 12.27 大久保利通,地租改正反対一揆激化のため地租減額を建議 この年 士族急権派の政治評論雑誌,前年から目立ち,多数発行される
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