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のざきこうた

野崎廣太

備中庭瀬(現・岡山市北区)出身の実業家。  慶応義塾に学び、1887(明治20)年に三井物産に入社。翌年、益田孝の命により三井傘下の中外物価新報(現・日本経済新聞社)に配属となる。1915(大正4)年に三井呉服店の社長に就任する。  実業家として活躍する中で財界人と親交を深めるために茶湯に傾倒し、数寄茶人、茶評家としても知られるようになる。  1918(大正7)年に三井呉服店の社長を退任すると、小田原諸白小路に別邸「自怡荘」を営む。別邸内には窯を設け、作陶も愉しんだ。1928(昭和3)年頃には茶室「葉雨庵」を建設した。葉雨庵は1988(昭和63)年に松永記念館の敷地に移築され、国の登録有形文化財に指定されている。

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