まつながやすざえもん
松永安左ヱ門
長崎県壱岐出身の電力業界で活躍した実業家。 福沢諭吉の『学問のすすめ』に感銘を受け、慶応義塾に進学する。明治末期から電気事業に関わり、戦後日本の電力体制について、全国を九ブロックに分割し、発送配電一貫経営の民間会社を配置する体制を提案した。安定した電力供給のため電気料金の値上げを実施するなど、時に「電力の鬼」と非難されながらも強い信念を持って取組み、戦後の復興と経済発展をもたら基盤を創った。 一方で、還暦を迎えた頃から茶の湯に親しみ、数寄茶人「耳庵」として茶器や幅物の収集にも励んだ。松永記念館内にある邸宅・老欅荘は茶人つしての美意識を注ぎ込んだこだわりの数寄屋風建築であり、国の登録有形文化財に指定されている。