facebook X instagram Line
きたむらとうこく

北村透谷

明治前期の詩人・評論家。 少年期を生誕地の小田原で過したのち、家族とともに東京へ移転した。 1882(明治15)年に泰明小学校を卒業後、政治家を志して東京専門学校に入学し、自由民権運動にも関わりをもつが、1885(明治18)年以降は、政治運動から離れて文学の道を進み、近代日本文学の最初の潮流として浪漫主義を主張した。代表作に大阪事件等を題材とした長詩『楚囚之詩』(春祥堂)、バイロンの『マンフレッド』・ゲーテの『ファウスト』から着想を得た劇詩『蓮莱曲』(養真堂)のほか、評論「厭世詩家と女性」(『女学雑誌』)等がある。その事績を顕彰するため、没後の1929(昭和4)年、島崎藤村・北原白秋・福田正夫らの尽力により、小田原小峰公園の近くの大久保神社に北村透谷顕彰碑が建立された(のち小田原城址を経て、現在は小田原文学館内に移転)。

TOP