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いせそうずい(ほうじょうそううん)

伊勢宗瑞(北条早雲)

戦国大名北条氏五代の祖。室町幕府政所執事を歴任した伊勢氏の庶流で、備中荏原(現岡山県井原市)に所領を有した室町幕府奉公衆伊勢盛定の子。仮名を新九郎、実名を盛時、出家して早雲庵宗瑞と号し、後世には、北条早雲とも称された。  備中伊勢氏の菩提寺法泉寺(井原市)に対し、1471(文明3)年に下した禁制が史料上の初見。同15年から将軍足利義尚に申次として使えるなどし、1487(長享元)年に駿河に下向、甥今川龍王丸(氏親)の駿河守護今川家の家督継承に尽力した。  その後、駿河に在国して氏親を補佐し、1493(明応2)年に堀越公方足利茶々丸を追って伊豆に侵攻。韮山(伊豆の国市)を居城とし、同7年に伊豆一国を平定して戦国大名の先駆けとなった。次いで同年5年から1501(文亀元)年までの間に大森氏に代わり小田原を支配下に置き、1506(永正3)年には戦国大名としては初めての検知を相模西郡(神奈川県西部)で実施した。関東管領山内上杉氏や相模国守護扇谷上杉氏らと和戦を重ねて相模経略を進め、同13年には三浦氏を滅ぼして相模を征圧する。同16年に家督を嫡子氏綱に譲り、韮山で没した。法名早雲寺殿天岳宗瑞公大禅定門。遺言により創建された早雲寺(箱根町)に葬られた。

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