白髭神社の奉射祭(しらひげじんじゃのぶしゃさい)
民俗文化財/文化財指定・登録あり
この場所で常に公開はしていません。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和56年3月30日
種別:無形民俗文化財
個数:
形状等:
白髭神社の奉射祭は、鎌倉時代初期の中村郷(なかむらごう)の豪族(ごうぞく)中村氏が、文治(ぶんじ)6年(1190)1月7日に「毘沙之的(びしゃのまと)を射る式」を奉納(ほうのう)したのが始まりとされる。その年の五穀豊穣(ごこくほうじょう)の吉凶を占う新年の神事で、1月7日に古式にのっとり行われる。
竹ヒゴで編んだ的に、径約2mの16のウズを描き、境内(けいだい)の椿(つばき)で作った鳥形(とりがた)(ツバメと伝わる)を的の上部に3個吊(つ)るし、神楽殿(かぐらでん)の前に西向きに立てる。
射手(いて)は、代々同社の神主(かんぬし)だった小船小宮家の本家と分家の当主が務める。神前に狩衣姿(かりぎぬすがた)の二人の射手が進み、宮司(ぐうじ)のお祓(はら)いを受けた後、位置につく。宮司の太鼓(たいこ)を合図に、本家の当主が矢をつがえ、分家の当主が御散米(おさんご)を的の前にまいた後、3回的を射る。続いて分家の当主に交代し3回、再び本家の当主が1回、計7矢を射る。最後の1矢の後、観衆(現在は小学生以下)が奪い合う「的破(まとやぶ)り」で終了する。鳥形を的に吊るのは「鳥追い」の意味とも推測され、持ち帰った鳥形を家の戸口に吊るしておくと厄除(やくよ)けとなり、幸運に恵まれると言われている。
なお、同社は下中(しもなか)地区の総鎮守(そうちんじゅ)で、縁起書(えんぎしょ)に元慶(がんぎょう)元年(877)9月9日の建立(こんりゅう)と伝わる古い神社である。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和56年3月30日
種別:無形民俗文化財
個数:
形状等:
白髭神社の奉射祭は、鎌倉時代初期の中村郷(なかむらごう)の豪族(ごうぞく)中村氏が、文治(ぶんじ)6年(1190)1月7日に「毘沙之的(びしゃのまと)を射る式」を奉納(ほうのう)したのが始まりとされる。その年の五穀豊穣(ごこくほうじょう)の吉凶を占う新年の神事で、1月7日に古式にのっとり行われる。
竹ヒゴで編んだ的に、径約2mの16のウズを描き、境内(けいだい)の椿(つばき)で作った鳥形(とりがた)(ツバメと伝わる)を的の上部に3個吊(つ)るし、神楽殿(かぐらでん)の前に西向きに立てる。
射手(いて)は、代々同社の神主(かんぬし)だった小船小宮家の本家と分家の当主が務める。神前に狩衣姿(かりぎぬすがた)の二人の射手が進み、宮司(ぐうじ)のお祓(はら)いを受けた後、位置につく。宮司の太鼓(たいこ)を合図に、本家の当主が矢をつがえ、分家の当主が御散米(おさんご)を的の前にまいた後、3回的を射る。続いて分家の当主に交代し3回、再び本家の当主が1回、計7矢を射る。最後の1矢の後、観衆(現在は小学生以下)が奪い合う「的破(まとやぶ)り」で終了する。鳥形を的に吊るのは「鳥追い」の意味とも推測され、持ち帰った鳥形を家の戸口に吊るしておくと厄除(やくよ)けとなり、幸運に恵まれると言われている。
なお、同社は下中(しもなか)地区の総鎮守(そうちんじゅ)で、縁起書(えんぎしょ)に元慶(がんぎょう)元年(877)9月9日の建立(こんりゅう)と伝わる古い神社である。
- 住所
- 神奈川県小田原市小船669 白髭神社
- カテゴリ
- 民俗文化財/文化財指定・登録あり

