曽我別所の寿獅子舞(そがべっしょのことぶきししまい)
民俗文化財/文化財指定・登録あり
この場所で常に公開はしていません。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):平成10年8月1日
種別:無形民俗文化財
保存会名:曽我別所寿獅子舞保存会
指定名称:寿獅子舞
曽我別所の獅子舞は、古くから「曽我の獅子舞」として知られ、横浜(よこはま)地方で江戸時代から伝わり盛んだった「はやし獅子舞」の系統で、西湘(せいしょう)地方では曽我別所だけに伝わる。かつては二人立ちで、代々村の長により伝承され、当地六ヶ村の持ち廻りで豊年の祝舞(しゅくまい)として郷社(ごうしゃ)の宗我(そが)神社に奉納されてきたという。
昭和に入り次第に衰退し、戦争中は獅子舞の伝承が中断した。しかし終戦直後、獅子舞の名人といわれた櫻川茶羅平(さくらがわちゃらへい)により、舞と振り付けが考案され、桜川梅丸(さくらがわうめまる)によって「馬鹿(ばか)ばやし」と、曽我ばやしの「お囃子(はやし)」「鎌倉(かまくら)」を組み合わせ、現在の舞踊(ぶよう)構成に改められて、昭和21年(1946)春に復活した。昭和25年(1950)に寿獅子舞保存会が結成され、現在に至っている。
舞踊構成等
獅子頭1名、笑い面・ヒョットコの馬鹿面2名、大太鼓1名、小太鼓1名、笛2名、摺鉦(すりがね)1名、拍子木(ひょうしぎ)1名の通常9名で演じられる。最初獅子が勇ましく舞った後、居眠りを始める。そこに笑い面・ヒョットコの村人が通りかかり、獅子を退治して一杯飲もうともくろむが、目を覚ました獅子に追いかけられ、逃げ帰る。最後は獅子が軽やかに舞って終わる。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):平成10年8月1日
種別:無形民俗文化財
保存会名:曽我別所寿獅子舞保存会
指定名称:寿獅子舞
曽我別所の獅子舞は、古くから「曽我の獅子舞」として知られ、横浜(よこはま)地方で江戸時代から伝わり盛んだった「はやし獅子舞」の系統で、西湘(せいしょう)地方では曽我別所だけに伝わる。かつては二人立ちで、代々村の長により伝承され、当地六ヶ村の持ち廻りで豊年の祝舞(しゅくまい)として郷社(ごうしゃ)の宗我(そが)神社に奉納されてきたという。
昭和に入り次第に衰退し、戦争中は獅子舞の伝承が中断した。しかし終戦直後、獅子舞の名人といわれた櫻川茶羅平(さくらがわちゃらへい)により、舞と振り付けが考案され、桜川梅丸(さくらがわうめまる)によって「馬鹿(ばか)ばやし」と、曽我ばやしの「お囃子(はやし)」「鎌倉(かまくら)」を組み合わせ、現在の舞踊(ぶよう)構成に改められて、昭和21年(1946)春に復活した。昭和25年(1950)に寿獅子舞保存会が結成され、現在に至っている。
舞踊構成等
獅子頭1名、笑い面・ヒョットコの馬鹿面2名、大太鼓1名、小太鼓1名、笛2名、摺鉦(すりがね)1名、拍子木(ひょうしぎ)1名の通常9名で演じられる。最初獅子が勇ましく舞った後、居眠りを始める。そこに笑い面・ヒョットコの村人が通りかかり、獅子を退治して一杯飲もうともくろむが、目を覚ました獅子に追いかけられ、逃げ帰る。最後は獅子が軽やかに舞って終わる。
- 住所
- 神奈川県小田原市曽我別所
- カテゴリ
- 民俗文化財/文化財指定・登録あり

