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北条氏政・氏照の墓所(ほうじょううじまさ・うじてるのぼしょ)

史跡・天然記念物/文化財指定・登録あり/近世
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和32年3月30日
一部指定解除 昭和41年9月19日
種別:史跡
個数:1箇所
面積:16.58㎡
 北条氏政は、戦国大名北条氏第四代当主。氏照は氏政の弟で、八王子城主(はちおうじじょうしゅ)などを務め、外交・軍事を担う重臣であった。
 墓所には、3基の五輪塔(ごりんとう)、笠塔婆型墓碑(かさとうばがたぼひ)1基、石燈篭(いしどうろう)のほか、氏政、氏照がこの上で自害したと伝わる生害(しょうがい)石があるが、すべて江戸時代以降に整備されたものである。なお最も大きい五輪塔は北条氏政夫人の墓との伝承がある。
 天正(てんしょう)18年(1590)の小田原合戦(おだわらかっせん)で北条氏は敗れ、当主(とうしゅ)氏直(うじなお)は高野山(こうやさん)に追放され、父氏政と叔父(おじ)の氏照(うじてる)は自刃(じじん)を命じられた。遺骸(いがい)は北条氏の氏寺伝心庵(でんしんあん)に埋葬されたが、墓所は後に伝心庵の移転後に建立(こんりゅう)された永久寺(えいきゅうじ)の所有となった。
 稲葉(いなば)氏が小田原城主の頃、追福(ついふく)のため墓所が整備され、その後大正12年(1923)に関東大震災で埋没したが、地元の有志により復興されている。
 稲葉氏建立の笠塔婆型墓碑には、氏政、氏照の法号が次のとおり刻まれている。
「慈雲院殿勝岩傑公大居士」「天正十八庚寅年七月十一日 北條相模守氏政」
「青霄院殿透岳關公大居士」「天正十八庚寅年七月十一日 北條陸奥守氏照」
住所
神奈川県小田原市栄町2-7-8
カテゴリ
史跡・天然記念物/文化財指定・登録あり/近世
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