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鉄牛和尚の寿塔(てつぎゅうおしょうのじゅとう)

史跡・天然記念物/文化財指定・登録あり/近世
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和36年3月30日
種別:史跡
個数:2箇所
(1箇所)
形状等:高さ 2.65m
指定名称:稲葉一族の墓所と鉄牛和尚の寿塔
 この寿塔は、長興山紹太寺の開山(かいざん)鉄牛和尚の還暦を祝い、貞享(じょうきょう)4年(1687)に紹太寺二世の超宗(ちょうしゅう)和尚により造立(ぞうりゅう)されたものである。
 塔の形状は、二段の基壇(きだん)の上に反花座(かえりばなざ)と請花座(うけばなざ)を造り、その上に円形板状の塔身が立つ。塔は天然記念物の枝垂桜(しだれざくら)背後の山中にあるが、かつてはこの場所も広大な紹太寺の境内(けいだい)であり、庭園の一角であった。
 鉄牛和尚は、黄檗(おうばく)宗の隠元禅師(いんげんぜんじ)に出会い、その弟子の木庵(もくあん)に師事した後、稲葉正則により小田原に招かれ、寛文(かんぶん)9年(1669)紹太寺の開山となったが、元禄(げんろく)13年(1700)8月に没している。
 紹太寺は、小田原城主稲葉正則が寛永(かんえい)12年(1635)に父母の追福(ついふく)のため城下の山角町(やまかくちょう)(現南町(みなみちょう))に建立した菩提寺(ぼだいじ)を、寛文9年に入生田に移したものである。黄檗宗の大きな寺院であったが、幕末の火災で堂塔(どうとう)が焼失してしまったため、稲葉一族の墓所と寿塔は当時の隆盛をしのぶ貴重な遺跡となっている。
住所
神奈川県小田原市入生田454
カテゴリ
史跡・天然記念物/文化財指定・登録あり/近世
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