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久野の中世集石墓(くののちゅうせいしゅうせきぼ)

史跡・天然記念物/文化財指定・登録あり/中世
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和32年3月30日
種別:史跡
個数:1箇所
面積: 19.5㎡
 この遺構(いこう)は、6.5m×3.8mほどの範囲に大小の河原石が敷かれた敷石(しきいし)遺構である。敷石の中央やや西寄りにある土坑(どこう)から、多くの火葬骨(かそうこつ)と13世紀中頃の愛知県常滑(とこなめ)産の甕(かめ)が出土していることから、中世の集石墓と考えられる。
 中世の集石墓は、主に人頭大(じんとうだい)の石を用いて区画し、内部に河原石を敷き詰めて蔵骨器(ぞうこつき)を埋納(まいのう)するもので、13世紀前半から中頃にかけて多く築かれた。本遺構も、大型の常滑産の甕を蔵骨器、もしくは蔵骨器の外容器(がいようき)として用いた墓であり、市内では数少ない中世の墳墓として貴重である。
 本遺構は、昭和26年(1951)3月に久野遺跡調査会によって発掘され、後日神奈川県文化財専門委員の石野瑛(いしのあきら)らにより調査された。当時石野瑛は、敷石遺構については縄文時代晩期(ばんき)から弥生時代のものと推定し、中世の蔵骨器とあわせ、時代の異なる遺跡が重なったものととらえていた。
〈参考〉『遺跡探訪シリーズ8 久野遺跡群』小田原市教育委員会(2013年)
住所
神奈川県小田原市久野3256
カテゴリ
史跡・天然記念物/文化財指定・登録あり/中世
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