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寳金剛寺の不動明王及両童子立像附不動像内納入品

美術・工芸/文化財指定・登録あり/中世
通常公開していません。

寳金剛寺の不動明王及両童子立像附不動像内納入品
(ほうこんごうじのふどうみょうおうおよびりょうどうじりゅうぞうつけたりふどうぞうないのうにゅうひん)
文化財指定:県指定
文化財指定(年月日):昭和34年3月6日
種別:彫刻
個数:3躯
形状等:木造 寄木造(よせぎづくり) 玉眼(ぎょくがん)
像高
不動明王 76.6㎝
矜羯羅(こんがら)童子(左脇侍(わきじ))30.3㎝
制托迦(せいたか)童子(右脇侍)30.0㎝
不動像内納入品
経巻 大日経七巻ほか 11巻
永仁二年六月十九日定聖写経目録 1通
延慶二年阿闍梨能宴願文 1通
天文六年仏舎利奉納文書 1通
水晶五輪塔形舎利容器 1個
享保寛延修理文書 2紙
指定名称:木造 不動明王及両童子立像附不動像内納入品
 憤怒(ふんぬ) 相を示し、右手に宝剣、左手に羂索(けんじゃく)を取る不動明王像に、合掌する矜羯羅童子と額の上に手をかざす制托迦童子を伴う不動三尊像である。台座、光背(こうはい)及び宝剣、羂索は後補。不動三尊像の姿は10世紀以降に成立した、十九観(じゅうきゅうかん)による玄朝様(げんちょうよう)不動明王像の特徴を示し、引き締まった体躯や複雑な造形を見せる衣文(えもん)は鎌倉時代後期の特徴を示している。
 不動明王像の胎内に納められていた文書により、永仁(えいにん)2年(1294)に鎌倉の勝福寺で書写された多数の経典を、延慶(えんきょう)2年(1309)に胎内へ納めたことが知られ、本像もその頃に造立されたものと考えられる。胎内文書から、室町時代から江戸時代にかけて、何回か修理がされたことなども分かる。
 本像は、造形や彫技に優れ、市内における造立(ぞうりゅう)年代が判明する像としては蓮台寺阿弥陀三尊像に次ぐ仏像であることから貴重である。
住所
神奈川県小田原市国府津2038寳金剛寺
カテゴリ
美術・工芸/文化財指定・登録あり/中世
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