facebook X instagram Line

諸戸邸(旧諸戸清六別邸)(もろとてい(きゅうもろとせいろくべってい))

建造物/文化財指定・登録あり/近現代
現在公開されていません。
小田原ゆかりの優れた建造物(年月日):平成7年6月19日
種別:小田原ゆかりの優れた建造物
形状等:木造平屋建
寄棟造(よせむねづくり)
瓦葺(かわらぶき)
建築面積 191.71㎡
 諸戸邸は、実業家で山林王の名で知られる諸戸清六の次男で、諸戸家の当主であった清太(せいた)が、清六の植えた木を用い大正6年(1917)に建築した別荘である。
 この建物は、諸戸家専属の大工が建てたため、柱間(はしらま)(畳)寸法が関東地区とは異なる中京間(ちゅうきょうま)の別荘である。細やかな配慮と丁寧な造りが特徴で、材料的にも良く選ばれた面皮柱(めんかわばしら)、磨丸太(みがきまるた)などの杉の良材が使用されている。特に同じ太さで伸直性(しんちょくせい)の高い丸太長押(まるたなげし)は素晴らしく、網代編(あじろあみ)と紙張りの市松模様(いちまつもよう)の障子や腰壁網代張(こしかべあじろば)りなどに意匠上での特徴が見られる。
 庭は、南側のみかん園と相模湾を借景(しゃっけい)にした眺めの良い庭である。

諸戸清六(実業家)(1846~1906)
 弘化(こうか)3年(1846)に木曽川(きそがわ)沿いの伊勢国(いせのくに)(現三重県)桑名郡加路戸新田村(くわなぐんかろとしんでんむら)の庄屋(しょうや)で豪農であった諸戸清九郎(せいくろう)の次男に生まれた。家督を継いだ清六は、先祖が遺した巨額の負債を米相場などにより一代で返済し、その後、大隈重信(おおくましげのぶ)、大倉喜八郎(おおくらきはちろう)、松方正義(まつかたまさよし)らと知己を得て大実業家として成長し、短期間に巨万の富を築いた。
 また、大隈重信らの勧めで植林事業も手掛け、山林王と呼ばれた。
住所
神奈川県小田原市国府津5-8-4
カテゴリ
建造物/文化財指定・登録あり/近現代
TOP