総世寺の銅鐘(そうせいじのどうしょう)
美術・工芸/文化財指定・登録あり/中世
水曜日を除き9時~15時まで見学できます。(法要等で見学できないことがあります)
文化財指定:県指定
文化財指定(年月日):平成2年2月13日
種別:工芸品
個数:1口
形状等:総高 104.0㎝
鐘身高 80.0㎝ 笠形 30.0㎝
龍頭(りゅうず) 高 21.0㎝
口径 50.0㎝ 厚さ 5.0㎝
青銅製の和鐘(わしょう)で、龍頭は2個の獣頭(じゅうとう)からなり、上帯(じょうたい)は素文(そもん)である。乳(ちち)は4段4列で、中帯の位置は低く、下帯(かたい)には蓮華唐草文(れんげからくさもん)が巡(めぐ)らされる。撞座(つきざ) は龍頭と同軸線上にあり、子房(しぼう)の周辺に65本の雄蕊(おしべ)と16葉の単弁(たんべん)を配する。下端の駒の爪は薄く、突き出しが強い。銅鐘に損傷はみられない。
なお池ノ間(いけのま)と呼ぶ部位に、時代の異なる三つの銘文(めいぶん)が刻まれ貴重である。
第一の銘文
鋳造当時のもので、造立(ぞうりゅう)者は毛利常吉(もうりつねよし)(毛利庄(もりのしょう)、現厚木市北部)という大工(鋳物師(いもじ))で、応永(おうえい)15年(1408)に鋳造したことが分かる。
第二の銘文
永禄(えいろく)元年(1558)11月21日付で、生田若狭守(いくたわかさのかみ)藤原重吉(ふじわらしげよし)という人物が、神社に寄進(きしん)したことが刻まれている。この神社は六所宮(ろくしょみや)(大磯町国府新宿(おおいそまちこくふしんしゅく))と推定されている。
第三の銘文
天正(てんしょう)18年(1590)7月21日付で小田原戦役の際、久野に布陣した羽柴中納言秀次(はしばちゅうなごんひでつぐ)が、総世寺に寄進(きしん)したことが刻まれている。秀次陣所の陣鐘(じんしょう)として用いられたと伝えられている。
文化財指定:県指定
文化財指定(年月日):平成2年2月13日
種別:工芸品
個数:1口
形状等:総高 104.0㎝
鐘身高 80.0㎝ 笠形 30.0㎝
龍頭(りゅうず) 高 21.0㎝
口径 50.0㎝ 厚さ 5.0㎝
青銅製の和鐘(わしょう)で、龍頭は2個の獣頭(じゅうとう)からなり、上帯(じょうたい)は素文(そもん)である。乳(ちち)は4段4列で、中帯の位置は低く、下帯(かたい)には蓮華唐草文(れんげからくさもん)が巡(めぐ)らされる。撞座(つきざ) は龍頭と同軸線上にあり、子房(しぼう)の周辺に65本の雄蕊(おしべ)と16葉の単弁(たんべん)を配する。下端の駒の爪は薄く、突き出しが強い。銅鐘に損傷はみられない。
なお池ノ間(いけのま)と呼ぶ部位に、時代の異なる三つの銘文(めいぶん)が刻まれ貴重である。
第一の銘文
鋳造当時のもので、造立(ぞうりゅう)者は毛利常吉(もうりつねよし)(毛利庄(もりのしょう)、現厚木市北部)という大工(鋳物師(いもじ))で、応永(おうえい)15年(1408)に鋳造したことが分かる。
第二の銘文
永禄(えいろく)元年(1558)11月21日付で、生田若狭守(いくたわかさのかみ)藤原重吉(ふじわらしげよし)という人物が、神社に寄進(きしん)したことが刻まれている。この神社は六所宮(ろくしょみや)(大磯町国府新宿(おおいそまちこくふしんしゅく))と推定されている。
第三の銘文
天正(てんしょう)18年(1590)7月21日付で小田原戦役の際、久野に布陣した羽柴中納言秀次(はしばちゅうなごんひでつぐ)が、総世寺に寄進(きしん)したことが刻まれている。秀次陣所の陣鐘(じんしょう)として用いられたと伝えられている。
- 住所
- 神奈川県小田原市久野3670総世寺
- カテゴリ
- 美術・工芸/文化財指定・登録あり/中世
