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和田家文書(わだけもんじょ)

古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世
通常一般公開していません。公開については郷土文化館にお問い合わせください。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):平成31年2月22日
種別:古文書
個数:2通
形状等:中世文書
2通
巻子装(かんすそう)
 旧中島(なかじま)村(現中町(なかちょう)二丁目ほか)の旧家(きゅうか)利右衛門家(りうえもんけ)の子孫である和田家に伝来した文書である。利右衛門家は、戦国時代には旧中島村の名主(みょうしゅ)あるいは小代官を務めた有力者であったと考えられる。
 「北条氏康朱印状(ほうじょううじやすしゅいんじょう)(丁卯(ひのとう)(永禄(えいろく)十年)六月廿四日(にじゅうよっか)付)」は、北条氏の三代氏康が、相模中嶋郷(さがみなかじまごう)(中島村と同)の小代官・百姓中に同郷の懸銭(かけせん)納入を命じた印判状である。氏康が隠居後に用いた「武栄(ぶえい)」印による文書で、四代氏政(うじまさ)が当主でありながらも、氏康が依然として北条家の権力を保持したことが分かる。
 「北条家定書(ほうじょうけさだめがき)(丁亥(ひのとい)(天正(てんしょう)十五年)七月晦日(みそか)付)」〔写真〕は、「ひらひら武者めくやうニ」の文言で知られる、北条氏の戦時動員に関わる定書(虎朱印状)である。豊臣秀吉(とよとみひでよし)との合戦(かっせん)に備え、兵力の確保を意図したものとみられ、同様の文書が相模(さがみ)・武蔵(むさし)の各郷村(ごうそん)に宛てて広範に発給されており、秀吉との緊張状態のなか、総力戦を想定しつつあったことを示している。
 いずれの文書も、北条氏と郷村との関わりを知る上で重要なものである。
※『小田原市史 史料編 中世Ⅱ小田原北条1』(1991)、『小田原市史 史料編 中世Ⅲ小田原北条2』(1993)で読むことができます。
住所
神奈川県小田原市城内7-8小田原市郷土文化館
カテゴリ
古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世
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