寳金剛寺文書(ほうこんごうじもんじょ)
古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世/近世
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文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和51年3月3日
種別:古文書
個数:12通
形状等:中世文書(「天文廿一(にじゅういち)年印信」ほか11通)
寳金剛寺は、国府津山医王院(こうづさんいおういん)と号し、寺伝によると、天長(てんちょう)6年(829)の創建(そうけん)で、創建当時は地青寺(じしょうじ)と呼ばれていた。その後、弘治(こうじ)2年(1556)に後奈良天皇(ごならてんのう)の勅により、現在の寺号である寳金剛寺に改められたという。東寺真言(とうじしんごん)宗に属し、近郷(きんごう)31寺の本山であった。このため、数多くの優れた仏像、仏画や文書類が所蔵されている。
文書では、密教(みっきょう)において師弟間で大法や秘法が伝授・継承される際、その証拠として弟子に授受される印信(いんじん)6通と、戦国大名北条氏と寳金剛寺の関係がうかがい知れる、寺領安堵状(あんどじょう)など戦国期の文書6通が指定されている。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和51年3月3日
種別:古文書
個数:12通
形状等:中世文書(「天文廿一(にじゅういち)年印信」ほか11通)
寳金剛寺は、国府津山医王院(こうづさんいおういん)と号し、寺伝によると、天長(てんちょう)6年(829)の創建(そうけん)で、創建当時は地青寺(じしょうじ)と呼ばれていた。その後、弘治(こうじ)2年(1556)に後奈良天皇(ごならてんのう)の勅により、現在の寺号である寳金剛寺に改められたという。東寺真言(とうじしんごん)宗に属し、近郷(きんごう)31寺の本山であった。このため、数多くの優れた仏像、仏画や文書類が所蔵されている。
文書では、密教(みっきょう)において師弟間で大法や秘法が伝授・継承される際、その証拠として弟子に授受される印信(いんじん)6通と、戦国大名北条氏と寳金剛寺の関係がうかがい知れる、寺領安堵状(あんどじょう)など戦国期の文書6通が指定されている。
- 住所
- 神奈川県小田原市国府津2038 寳金剛寺
- カテゴリ
- 古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世/近世
