facebook X instagram Line

宝泉寺文書(ほうせんじもんじょ)

古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世
通常公開していません。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和53年3月4日
種別:古文書
個数:1通・1枚
形状等:中世文書
 永禄山(えいろくざん)宝泉寺は、永禄(えいろく)元年(1558)北条時長(ほうじょうときなが)(宝泉寺大年用公(だいねんようこう))によって創建(そうけん)された、臨済(りんざい)宗大徳寺派(だいとくじは)の古刹(こさつ)である。なお北条時長については、近年の研究により伊勢宗瑞(いせそうずい)(北条早雲(そううん))の末子北条宗哲(そうてつ)(幻庵(げんあん))の嫡男(ちゃくなん)で小机(こづくえ)城主を務めた三郎(さぶろう)と考えられるようになった。
 天正(てんしょう)18年(1590)の小田原合戦(おだわらかっせん)の兵火にあって、寺と多くの寺宝は焼失してしまったが、指定の文書は難を免れた。
・「酉(とり)(永禄四年)三月十三日北条家虎朱印状(とらしゅいんじょう)」は、北条氏が宝泉寺に与えた禁制(きんせい)で、寺における狼藉(ろうぜき)を禁じたものである。同年にあった長尾景虎(ながおかげとら)(上杉謙信(うえすぎけんしん))の小田原来攻と関係するものと考えられている。
・「宝泉寺寺領図(じりょうず)・同裏書(どううらがき)」〔写真〕は、宝泉寺を中心とした寺領の範囲を示したもので、その境界や制札(せいさつ)を立てる場所について、北条宗哲(幻庵)が定めた元亀(げんき)3年(1572)卯月(うづき)(4月)12日付の裏書きがあり、宝泉寺と北条宗哲(幻庵)との結びつきが分かる。
※『小田原市史 史料編 原始 古代 中世Ⅰ』(1995)、『小田原市史 史料編 中世Ⅱ小田原北条1』(1991)で読むことができます。
住所
神奈川県小田原市風祭918 宝泉寺
カテゴリ
古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世
TOP