長善寺文書(ちょうぜんじもんじょ)
古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世
通常一般公開していません。公開については図書館にお問い合わせください。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和53年3月4日
種別:古文書
個数:2通
形状等:中世文書
金峯山(きんぽうざん)長善寺(東大友(ひがしおおども))は、現在曹洞(そうとう)宗瑞雲寺(ずいうんじ)の末寺(まつじ)であるが、もとは建仁2年(1202)に大友左近将監能直(おおともさこんのしょうげんよしなお)が開基(かいき)となって創建(そうけん)され、大友山長善寺と号した他宗の寺であったといわれる。後に寺が衰微(すいび)し、文明(ぶんめい)17年(1485)に笠原越前守(かさはらえちぜんのかみ)が中興(ちゅうこう)開基となり、曹洞宗に改めたと伝わる。寺には多数の文書が所蔵されているが、このうち中世文書2点が指定されている。
・「丁丑(ひのとうし)(天正(天正)五年)五月廿四日北条家虎朱印状(ごがつにじゅうよっかほうじょうけとらしゅいんじょう)」(折紙(おりがみ))
この文書は、北条氏が笠原越前守康明(やすあき)に対し、伊藤太郎兵衛(いとうたろうべえ)からの小稲葉(こいなば)(伊勢原市(いせはらし))の地の買得(ばいとく)を安堵(あんど)したものである。
・「天正十三年七月廿三日(じゅうさんねんしちがつにじゅうさんにち)北条家虎朱印状」〔写真〕
この文書は、北条氏が長善寺に対し、笠原越前守から寄進(きしん)を受けた小稲葉の地について、寄進を認め着到役(ちゃくとうやく)、知行役(ちぎょうやく)を免除したものである。
※『小田原市史 史料編 中世Ⅲ小田原北条2』(1993)で読むことができます。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和53年3月4日
種別:古文書
個数:2通
形状等:中世文書
金峯山(きんぽうざん)長善寺(東大友(ひがしおおども))は、現在曹洞(そうとう)宗瑞雲寺(ずいうんじ)の末寺(まつじ)であるが、もとは建仁2年(1202)に大友左近将監能直(おおともさこんのしょうげんよしなお)が開基(かいき)となって創建(そうけん)され、大友山長善寺と号した他宗の寺であったといわれる。後に寺が衰微(すいび)し、文明(ぶんめい)17年(1485)に笠原越前守(かさはらえちぜんのかみ)が中興(ちゅうこう)開基となり、曹洞宗に改めたと伝わる。寺には多数の文書が所蔵されているが、このうち中世文書2点が指定されている。
・「丁丑(ひのとうし)(天正(天正)五年)五月廿四日北条家虎朱印状(ごがつにじゅうよっかほうじょうけとらしゅいんじょう)」(折紙(おりがみ))
この文書は、北条氏が笠原越前守康明(やすあき)に対し、伊藤太郎兵衛(いとうたろうべえ)からの小稲葉(こいなば)(伊勢原市(いせはらし))の地の買得(ばいとく)を安堵(あんど)したものである。
・「天正十三年七月廿三日(じゅうさんねんしちがつにじゅうさんにち)北条家虎朱印状」〔写真〕
この文書は、北条氏が長善寺に対し、笠原越前守から寄進(きしん)を受けた小稲葉の地について、寄進を認め着到役(ちゃくとうやく)、知行役(ちぎょうやく)を免除したものである。
※『小田原市史 史料編 中世Ⅲ小田原北条2』(1993)で読むことができます。
- 住所
- 神奈川県小田原市南鴨宮1-5-30小田原市立中央図書館
- カテゴリ
- 古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世
