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浄永寺文書(じょうえいじもんじょ)

古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世
所在地 鎌倉国宝館
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和53年3月4日
種別:古文書
個数:1通
形状等:縦 30.7㎝ 横 42.2㎝
 浄永寺は、寺伝によると風祭(かざまつり)の地頭(じとう)、風祭大野之亮入道光秀(おおののすけにゅうどうみつひで)が日蓮上人(にちれんしょうにん)に帰依(きえ)し、弘安(こうあん)3年(1280)自らの屋敷に法華堂(ほっけどう)などを建立(こんりゅう)したことに始まるとされる。法華宗(日蓮(にちれん)宗)の古刹(こさつ)で、光秀が開基(かいき)、日行(にちぎょう)が開山(かいざん)とされている。
 永正(えいしょう)15年(1518)日形(にちぎょう)上人の時、現在地に移り寺を再興したが、これが現在の光秀山妙光院(こうしゅうざんみょうこういん)浄永寺で、この時の寺堂(じどう)は北条氏綱(ほうじょううじつな)が建立したとされる。なお、日形上人は北条氏綱の伯父と伝わる。
 この文書は、北条氏康(うじやす)が出陣に際し浄永寺三世の日源(にちげん)上人に合戦(かっせん)の戦勝祈願を申し付け、合戦に勝利することができたためそれを上人に伝え謝したものである。氏康の花押(かおう)から永禄(えいろく)12・元亀(げんき)元年(1569・1570)頃と推定されるが、写しであり、なお検討が必要と言われている。

※地図は所蔵者である浄永寺の場所を示しています。
住所
神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-1 鎌倉国宝館
カテゴリ
古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/中世
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