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新田義貞の首塚

石造物
新田義貞は建武5年(1338)7月、越前藤島(福井県)で討ち死にしたが、首は京都に送られ晒されました。義貞の家臣、宇都宮泰藤(小田原城主大久保氏の先祖とされる)が、その首を奪い、義貞の本国(群馬県)へ届けようとするも小田原で重病に罹り、首を瓶に収め酒匂川の辺りに埋めたと伝えられています。
住所
神奈川県小田原市東町4-5-4
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石造物
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