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二宮尊徳関係資料(にのみやそんとくかんけいしりょう)

古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/近世/近現代
二宮尊徳関係資料(尊徳記念館)
公開についてはお問い合わせください。
文化財指定:県指定
文化財指定(年月日):昭和56年2月10日ほか
種別:歴史資料
個数:3,872点(3か所合計)
 二宮尊徳(正しくは「たかのり」。通称金次郎(きんじろう))は、生涯を通して農村復興に力を注いだことで有名である。尊徳は没落していた家を青年期に再興した後、小田原藩の家老服部(はっとり)家の財政立て直しを成功させたほか、利子を付けない貸付を行う五常講(ごじょうこう)を生活に苦しむ藩士のために始めるなど、成果を上げた。
 これらの業績が、藩主大久保忠真(おおくぼただざね)の目にとまり、大久保家の分家である宇津(うつ)家の桜町領(さくらまちりょう)(現栃木県真岡市(もおかし))の復興を命じられる。このため尊徳は、文政(ぶんせい)6年(1823)に一家で移住し、復興に着手。様々な困難を乗り越え、天保(てんぽう)2年(1831)に復興を成し遂げる。以降も「報徳仕法(ほうとくしほう)」と呼ばれる独自の方法で、北関東各地の復興に力を尽くし、天保13年(1842)には、幕臣(ばくしん)に取り立てられた。
 その後、嘉永(かえい)6年(1853)に日光神領(にっこうしんりょう)の復興の命を受けるが病に倒れ、安政(あんせい)3年(1856)10月20日、今市(いまいち)(現栃木県日光市)で70歳の生涯を閉じた。
 本資料は、尊徳自身が行った桜町や小田原での仕法関係をはじめ、その人柄や業績に関するもののほか、尊徳の子孫や後継者達に関する資料も多数含まれている。
住所
神奈川県小田原市栢山2065-1小田原市尊徳記念館
カテゴリ
古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/近世/近現代
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