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紹太寺の境内絵図(しょうたいじのけいだいえず)

古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/近世
通常公開していません。
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和63年11月1日
種別:歴史資料
個数:1幅
形状等:紙本著彩(しほんちゃくさい)4色 
縦 3.35m 横 1.80m
 稲葉正則(いなばまさのり)が延宝(えんぽう)7年(1679)に紹太寺の寺地の伽藍配置(がらんはいち)や境界などについて、後々の証のために作成したものである。かつては、広大な寺地と仏殿(ぶつでん)、禅堂(ぜんどう)、斎堂(さいどう)、開山堂(かいざんどう)、祠堂(しどう)、経蔵(きょうぞう)、書院(しょいん)、鐘楼(しょうろう)など七堂(しちどう)伽藍の整った一大寺院であったことを伺うことができる。また、参道の左右には、清雲院(せいうんいん)、梧穉院、報恩庵の子院が描かれ、下部には寛永12年(1635)に山角町(やまかくちょう)(現南町(みなみちょう))に建立(こんりゅう)されたことや寛文(かんぶん)9年(1669)にこの地に移されたことなどが記される。
 小田原城主稲葉正則は、両親の追福(ついふく)のため城下の山角町に紹太寺を建立した。建立当時は臨済(りんざい)宗の寺院であった。寛文9年の移転にあたり、開山に鉄牛道機(てつぎゅうどうき)を招き黄檗(おうばく)宗に改めている。
 紹太寺は弘化4年(1847)の火災で、経蔵、鐘楼、楼門(ろうもん)、総門(そうもん)のみを残して灰燼(かいじん)に帰し、さらにその後の度重なる火災でこれらの建造物もほぼ失われてしまい、火災から難を逃れた子院(しいん)の清雲院が現在の紹太寺となっている。
 本図は、制作年代が判明する市内でも数少ない寺領絵図であり、貴重である。
住所
神奈川県小田原市入生田 303紹太寺
カテゴリ
古文書・歴史資料/文化財指定・登録あり/近世
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