勝福寺本堂(しょうふくじほんどう)
建造物/文化財指定・登録あり/近世
文化財指定:県指定
文化財指定(年月日):昭和32年2月19日
種別:建造物
個数:1棟
形状等:木造
回縁(まわりえん)・向拝(こうはい)付
銅板葺単層宝形造(どうばんぶきたんそうほうぎょうづくり)
間口(まぐち)五間 (13.4m)
奥行(おくゆき)五間 (13.1m)
勝福寺は、真言(しんごん)宗東寺派(とうじは)の名刹で、十一面観音(じゅういちめんかんのん)が本尊(ほんぞん)であるため、飯泉観音とも通称される。
現在の本堂は、宝永(ほうえい)3年(1706)に小田原藩主大久保忠増(おおくぼただます)により建立(こんりゅう)されたことが分かる棟札(むなふだ)が残されている。
建物は、五間四方※で朱塗りのいわゆる密教本堂(みっきょうほんどう)の形式で、擬宝珠高欄(ぎぼしこうらん)を持つ縁(えん)を周囲に巡(めぐ)らしている。屋根の頂部には宝珠(ほうじゅ)をのせる。内部は、梁間五間(8.2m)に須弥壇(しゅみだん)を備える内陣(ないじん)を、梁間二間(4.9m)に板の間の外陣(げじん)を配している。全体に中世以来の密教本堂を継承しつつ、彫刻欄間(ちょうこくらんま)などに江戸中期の賑(にぎ)やかさをみせ、県西南部の近世寺院の特色を示した建物と言われている。
老朽化のため昭和41年(1966)から43年にかけて半解体修理をし、その際屋根も茅葺(かやぶき)から銅板葺に変えられている。
※この「間」は柱間の数を表すものであり、尺貫法の「間」とは異なります。
文化財指定(年月日):昭和32年2月19日
種別:建造物
個数:1棟
形状等:木造
回縁(まわりえん)・向拝(こうはい)付
銅板葺単層宝形造(どうばんぶきたんそうほうぎょうづくり)
間口(まぐち)五間 (13.4m)
奥行(おくゆき)五間 (13.1m)
勝福寺は、真言(しんごん)宗東寺派(とうじは)の名刹で、十一面観音(じゅういちめんかんのん)が本尊(ほんぞん)であるため、飯泉観音とも通称される。
現在の本堂は、宝永(ほうえい)3年(1706)に小田原藩主大久保忠増(おおくぼただます)により建立(こんりゅう)されたことが分かる棟札(むなふだ)が残されている。
建物は、五間四方※で朱塗りのいわゆる密教本堂(みっきょうほんどう)の形式で、擬宝珠高欄(ぎぼしこうらん)を持つ縁(えん)を周囲に巡(めぐ)らしている。屋根の頂部には宝珠(ほうじゅ)をのせる。内部は、梁間五間(8.2m)に須弥壇(しゅみだん)を備える内陣(ないじん)を、梁間二間(4.9m)に板の間の外陣(げじん)を配している。全体に中世以来の密教本堂を継承しつつ、彫刻欄間(ちょうこくらんま)などに江戸中期の賑(にぎ)やかさをみせ、県西南部の近世寺院の特色を示した建物と言われている。
老朽化のため昭和41年(1966)から43年にかけて半解体修理をし、その際屋根も茅葺(かやぶき)から銅板葺に変えられている。
※この「間」は柱間の数を表すものであり、尺貫法の「間」とは異なります。
- 住所
- 神奈川県小田原市飯泉1161勝福寺
- カテゴリ
- 建造物/文化財指定・登録あり/近世

