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北条氏康夫人の墓碑(ほうじょううじやすふじんのぼひ)

建造物/文化財指定・登録あり/近世
文化財指定:市指定
文化財指定(年月日):昭和36年3月30日
種別:建造物
個数:1基
形状等:宝篋印塔(ほうきょういんとう)
高さ 166.1㎝
 この墓碑は、江戸時代に造立(ぞうりゅう)され、その後荒廃していたものを、平成5年10月に墓地北端の当初の位置に墓所を整備した上、復旧したものである。
 安山岩製(あんざんがん)で、塔身の文字は摩耗(まもう)しているが、次のとおり刻まれている。
(表)瑞溪院殿光室宗照大姉
(裏)従天文二十三年寅年曹洞宗ニ相改也
(左)元亀二年未年 十一月二十一日卒
(右)小田原北条家三代 氏康公廉中
 北条氏康(ほうじょううじやす)の夫人瑞溪院殿(ずいけいいんでん)は、駿河国(するがのくに)の大名今川氏親(いまがわうじちか)と寿桂尼(じゅけいに)の娘で、今川義元(よしもと)は瑞溪院殿の弟にあたる。天文4年(1535)に氏康に嫁ぎ、元亀(げんき)2年(1571)に氏康が死去するまで夫を支え、氏政(うじまき)・氏照(うじてる)らを産んだ。瑞溪院殿は天正18年(1590)小田原合戦(おだわらかっせん)の最中、氏政継室(けいしつ)の鳳翔院殿(ほうしょういんでん)と同じ日に亡くなっていることから、自害したと考えられている。「元亀二年未年(みとし)」との年号は、生前にあらかじめ自らの死後の冥福を祈る逆修(ぎゃくしゅ)を行った事績を示している可能性がある。
 善栄寺は、木曽義仲(きそよしなか)の愛妾(あいしょう)巴御前(ともえごぜん)の創建(そうけん)と言われ、天文23年(1554)に瑞溪院殿が再興(さいこう)し、曹洞(そうとう)宗に改宗した。
住所
神奈川県小田原市栢山868 善栄寺
カテゴリ
建造物/文化財指定・登録あり/近世
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