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【資料紹介】小田原を救え!領民よ集え!

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【資料紹介】小田原を救え!領民よ集え!


話題のNHK大河ドラマ「どうする家康」では、次回以降小田原合戦の様子が描かれます。
そこで、小田原市郷土文化館が所蔵する資料の中から、当時の様子がわかる資料をご紹介します。

天正18年(1590)、天下統一に王手をかける豊臣秀吉が、北条氏の本拠地である小田原城とその城下に築いた全長9kmにも及ぶ総構を包囲しました。北条氏は籠城戦を展開しますが、同年7月に北条氏政・氏直親子が降伏し、小田原合戦は終結します。
戦は、大将である北条氏直が刀と槍をもって先陣をきって戦うのではなく、配下の兵士達によって行われます。しかし、すぐに多くの兵士を集めることは容易ではありません。当時は、現代のように電話やメールがないので、伝達には手紙(文書)を用いました。郷土文化館では、この伝達に用いた文書『北条家定書(天正15年7月晦日)』を所蔵しています。
この資料は、北条氏直が秀吉との合戦に備え、村々から兵士を集めるための文書であり、領内の各地に発給されています。その内容は、徴兵の対象年齢や軍装について細かく規定されており、北条方の軍勢が武士だけではなく、百姓からも成り立っていたことを物語っています。
豊臣方の約22万人の軍勢に対して、北条方は約3万人の兵士を集めましたが、その必死な様子が伝わる資料といえます。
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