ほうじょうけちゃくとうさだめがき
北条家着到定書(天正9年7月24日)
解説
北条氏が、家臣の池田孫左衛門尉に対し、その務めるべき軍役を定めたもので、こうした文書を「着到定書」と呼びます。北条氏は、家臣に与えた知行高に応じて軍役を規定し兵員を確保していました。池田孫左衛門尉の場合、自身の知行地中郡冨田など191貫600文と、指揮下にある寄子の知行岡崎給田など177貫500文、駿河大平20貫文の各々の知行の貫高に応じ、引きつれるべき兵の種類や員数(自身を含め56人)、その装備(鑓(やり)・鉄砲などの兵器、皮笠・甲(かぶと)・具足などの武具の種類)がこと細かに規定されています。戦国大名の軍隊は、こうした各々の家臣がその知行の高に応じて引きつれて来る大小の部隊で構成され、時には数万を超える大軍が編成されました。なお、本文書に「右着到帳、御隠居より渡し下され候間、相写し遣わし候」とあり、家臣に対して軍役を課す際の基本台帳である「着到帳」が、この頃、御隠居(4代氏政)から5代氏直に与えられていることがわかり、その家督相続を示す早期の史料としても注目されます。
- 収蔵先/所蔵者
- 郷土文化館
- 指定区分
- 市指定
- 種別
- 古文書
- 所在地/展示場所
- 〒250-0014 神奈川県小田原市城内7-8 小田原市郷土文化館
- 指定年月日
- 昭和44年1月14日