| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時代区分 | 古代・中世(1493~1589) |
| 西暦 | 1588 |
| 年号 | 天正16年 (1588)戊子閏⑤ |
| 君主 | 北条氏直 |
| 小田原北条時代の 政治・経済・社会 |
1.5 氏照,豊臣秀吉との合戦準備のため,武蔵愛染院(東京都青梅市)等の鐘を出させる[Ⅰ-708,戦-3252・3253] 1.7 氏直,千津島・武蔵馬込百姓中に境目普請のため人足を課し,1月11・16日に小田原へ召集する[Ⅲ-1876・1877] 〃 氏忠,芝山主水に,新城守備のため1月15日に参上させる[戦-3261] 1.12 氏直,大磯より小田原までの宿中に,鉄砲玉鋳造用の土を運ばせる[Ⅲ-1878] 1.14 氏直,伊豆山中城(静岡県三島市)の普請を命じる[Ⅲ-1879,神-9344] 2.━ 氏政の使者笠原康明上洛し,施薬院全宗に書状を送る[Ⅰ-710] 2.25 全宗,氏規に上洛を待つ旨を伝える[Ⅰ-710] 2.頃 小田原の普請が終了する[Ⅲ-1883] 3.13以前 北条氏と秀吉との合戦が回避される[Ⅰ-711] 5.5 氏房,道祖土図書ら22人に,5月15日からの小田原番衆を命じる[神-9360] 5.11 紙屋甚六,12年ぶりに小田原から奈良へ帰る(⑤月14日再び小田原へ下る)[Ⅰ-591] 5.21 徳川家康,氏政・氏直に起請文を書き,兄弟衆の上洛を促す[Ⅰ-713] ⑤.7 氏直,上野集地代官林筑前守・百姓中に,税の一部を小田原で納めさせる[Ⅲ-1895] ⑤.26以前 氏直,秀吉に恭順の意を示す[Ⅰ-714] 6.27 弥三,商売のため奈良から小田原へ下る(10月11日奈良へ帰着する)[Ⅰ-592] 7.13 氏直,板倉氏に,煤ケ谷より3間梁100間の蔵用材木を伐り出させる[Ⅲ-1908] 7.14 家康,朝比奈泰勝に氏規の上洛を催促させる[Ⅰ-716] 8.21 氏直,千津島の百姓に荷物を運ばせる[Ⅲ-1911] 8.22 氏規上洛し,聚楽第で秀吉と対面する(8月17日入京,同29日出京)[Ⅰ-718・719]≪氏規の上洛,豊臣秀吉への従属≫ 8.頃 氏政,隠居と称し政事を見ず[Ⅰ-740] この年 氏直,氏規の帰国後,京都に倣い,小田原の東海道沿の町屋を板葺に改めるという[北条五代記(寛永版)]≪小田原葺のはじまり≫ |
| 文化・宗教 | 1.8 氏照,武蔵篠井観音堂(埼玉県狭山市)・杉本坊に,豊臣秀吉との合戦のため配下の山伏を召集させる[Ⅰ-709] 2.27 山上宗二,小田原へ下る[Ⅰ-587]≪山上宗二の小田原下向≫ 3.19 氏直,西光院に,所願成就の祈念を謝し,上野館林(群馬県館林市)の地を寄進する[Ⅲ-1886] 5.━ 宗二,氏規に茶湯書(山上宗二記)を与える[Ⅰ-588] 6.21 氏直,伝肇寺に,朝倉政元よりの新地屋敷買得を安堵する,また禁制を下す[Ⅲ-1903・1904] 7.27 氏直,蓮上院に,地蔵仏供料を中村五郎兵衛方より請け取らせる[Ⅲ-1910] 7.29 梅隠宗香,龍翔寺(京都市)に,練叔宗鉄の大徳寺住持出世のため尽力を請う[Ⅰ-662] 10.15 猪俣邦憲,今井八幡宮へ社領を寄進し,拝殿復興等を立願する[Ⅰ-678] 10.17 氏直,法授寺に禁制を下し,不法を行う者を注進させる[Ⅲ-1923] 11.26 氏直,薬師堂に掟を下す[Ⅲ-1924] 〃 河村三宮寺宝殿が造立される(大檀那氏忠)[風土記] 12.18 氏直,舞々のため,小田原より武蔵鉢形までの宿中に伝馬5疋を出させる[Ⅲ-1928] 12.19 氏直,玉伝寺に禁制を下す[Ⅲ-1929] |
| 国内・国際 | 4.15 徳川家康ら諸大名,聚楽第で豊臣秀吉に誓詞を出す 6.17 伊達政宗,陸奥で佐竹義重・蘆名義広と戦う 7.8 秀吉,刀狩令・海賊取締令を発する 8.3 政宗,田村氏を併合する 9.2 秀吉,太田資正・梶原政景に,氏規上洛及び領界確定のため上使の関東派遣等を伝える この年 秀吉,後藤徳乗に天正大判を鋳造させる |
時代区分
古代・中世(1493~1589)
西暦
1588
年号
天正16年
(1588)戊子閏⑤
君主
北条氏直
小田原北条時代の政治・経済・社会
1.5 氏照,豊臣秀吉との合戦準備のため,武蔵愛染院(東京都青梅市)等の鐘を出させる[Ⅰ-708,戦-3252・3253]
1.7 氏直,千津島・武蔵馬込百姓中に境目普請のため人足を課し,1月11・16日に小田原へ召集する[Ⅲ-1876・1877]
〃 氏忠,芝山主水に,新城守備のため1月15日に参上させる[戦-3261]
1.12 氏直,大磯より小田原までの宿中に,鉄砲玉鋳造用の土を運ばせる[Ⅲ-1878]
1.14 氏直,伊豆山中城(静岡県三島市)の普請を命じる[Ⅲ-1879,神-9344]
2.━ 氏政の使者笠原康明上洛し,施薬院全宗に書状を送る[Ⅰ-710]
2.25 全宗,氏規に上洛を待つ旨を伝える[Ⅰ-710]
2.頃 小田原の普請が終了する[Ⅲ-1883]
3.13以前 北条氏と秀吉との合戦が回避される[Ⅰ-711]
5.5 氏房,道祖土図書ら22人に,5月15日からの小田原番衆を命じる[神-9360]
5.11 紙屋甚六,12年ぶりに小田原から奈良へ帰る(⑤月14日再び小田原へ下る)[Ⅰ-591]
5.21 徳川家康,氏政・氏直に起請文を書き,兄弟衆の上洛を促す[Ⅰ-713]
⑤.7 氏直,上野集地代官林筑前守・百姓中に,税の一部を小田原で納めさせる[Ⅲ-1895]
⑤.26以前 氏直,秀吉に恭順の意を示す[Ⅰ-714]
6.27 弥三,商売のため奈良から小田原へ下る(10月11日奈良へ帰着する)[Ⅰ-592]
7.13 氏直,板倉氏に,煤ケ谷より3間梁100間の蔵用材木を伐り出させる[Ⅲ-1908]
7.14 家康,朝比奈泰勝に氏規の上洛を催促させる[Ⅰ-716]
8.21 氏直,千津島の百姓に荷物を運ばせる[Ⅲ-1911]
8.22 氏規上洛し,聚楽第で秀吉と対面する(8月17日入京,同29日出京)[Ⅰ-718・719]≪氏規の上洛,豊臣秀吉への従属≫
8.頃 氏政,隠居と称し政事を見ず[Ⅰ-740]
この年 氏直,氏規の帰国後,京都に倣い,小田原の東海道沿の町屋を板葺に改めるという[北条五代記(寛永版)]≪小田原葺のはじまり≫
文化・宗教
1.8 氏照,武蔵篠井観音堂(埼玉県狭山市)・杉本坊に,豊臣秀吉との合戦のため配下の山伏を召集させる[Ⅰ-709]
2.27 山上宗二,小田原へ下る[Ⅰ-587]≪山上宗二の小田原下向≫
3.19 氏直,西光院に,所願成就の祈念を謝し,上野館林(群馬県館林市)の地を寄進する[Ⅲ-1886]
5.━ 宗二,氏規に茶湯書(山上宗二記)を与える[Ⅰ-588]
6.21 氏直,伝肇寺に,朝倉政元よりの新地屋敷買得を安堵する,また禁制を下す[Ⅲ-1903・1904]
7.27 氏直,蓮上院に,地蔵仏供料を中村五郎兵衛方より請け取らせる[Ⅲ-1910]
7.29 梅隠宗香,龍翔寺(京都市)に,練叔宗鉄の大徳寺住持出世のため尽力を請う[Ⅰ-662]
10.15 猪俣邦憲,今井八幡宮へ社領を寄進し,拝殿復興等を立願する[Ⅰ-678]
10.17 氏直,法授寺に禁制を下し,不法を行う者を注進させる[Ⅲ-1923]
11.26 氏直,薬師堂に掟を下す[Ⅲ-1924]
〃 河村三宮寺宝殿が造立される(大檀那氏忠)[風土記]
12.18 氏直,舞々のため,小田原より武蔵鉢形までの宿中に伝馬5疋を出させる[Ⅲ-1928]
12.19 氏直,玉伝寺に禁制を下す[Ⅲ-1929]
国内・国際
4.15 徳川家康ら諸大名,聚楽第で豊臣秀吉に誓詞を出す
6.17 伊達政宗,陸奥で佐竹義重・蘆名義広と戦う
7.8 秀吉,刀狩令・海賊取締令を発する
8.3 政宗,田村氏を併合する
9.2 秀吉,太田資正・梶原政景に,氏規上洛及び領界確定のため上使の関東派遣等を伝える
この年 秀吉,後藤徳乗に天正大判を鋳造させる